関 西 - Kansaiの最近のブログ記事

つい先日のこと、古い友人・よっちゃんから電話がありました。

よ「昨日の朝日新聞読んだ? イタセンパラのことが出てたでしょ...」
僕「なに...そのイタなんとかって?」
よ「前に、大阪の城北ワンドのことをブログに書いてたじゃない。あそこに棲んでた淡水魚なんだけどね」
僕「あ、ワンドの写真はアップしてるけど、あそこのことなんだ...」
よ「そうそう、まさにあの一帯のワンドのことなのよ。大阪時代に、よくあそこに釣りに行ってたのよ...」
僕「あ、そうだったよね。で、イタなんとかがどうしたのさ?」
よ「おたくは何新聞?」
僕「朝日だけど...」
よ「じゃ、昨日の夕刊の"窓"ってとこ読んでみてよ」

てなわけで、朝日夕刊(12月20日)の「"窓" 論説委員室から」という欄を読んでみました。その内容は以下のようなものでした。

あぶない階段路地

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今日も、懲りずに、大阪からです。
ここは、大阪の谷町と松屋町との間あたりになります。面白いことに、この階段路地は、ほぼ...ですが、大阪俯瞰景で見通した、大阪ビジネスパーク(OBP)〜大阪城天守閣〜大阪歴史博物館を結ぶ線を、南西方向(僕の背中側)に延長した線上にあります。

ま、それはともかく、拙ブログでは「あぶない階段」シリーズをやっています。以下が過去のエントリーです:
あぶない階段 / あぶない階段 (2) / あぶない階段 (3) / あぶない階段 (4) /

しかし、今日紹介したのは、階段...に留まらず、路地でもあります。排水の塩ビパイプが集まる設備を階段路地の一部に取り込むなど...ハイテクが駆使されています(^^; にも関わらず、階段の段差はマチマチというローテクぶりです。いや、段差も意識的に違えたほどのハイテクの産物...と思いたくなるほどです(^^; ま、どちらにしても、「あぶない度」は相当〜に高いですね(^^; 踏み外した人がかなり居るんでしょうね。階段のフチがブルーに塗られていることからも、それは容易に想像がつきます。とにかく、過去のエントリーの階段が安全に見えてくるほどです(^^;
と、まあ、こういった面でも、大阪は、やはり東京の大先輩でした(^^;

【場所】大阪市中央区谷町6丁目あたりです。

大阪俯瞰景

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今日も、前エントリーにひきつづき、大阪からです。
この写真は、大手前にある大阪歴史博物館から撮ったものです。前方に見えるのは、もちろん大阪城。天守閣が、ガラスの合わせ目に重なっています。その向こうに見える高層ビル群は大阪ビジネスパーク(OBP)と名付けられた区画です。そして、そのビル群の向こう側には、京橋と呼ばれる町があります。ということは、地図を参照すると分かりやすいのですが、この写真は、大阪城の南西にある博物館から、かなり正確に北東方向に向かって撮っている…ということになります。
この日は、wakkykenさんが、僕のために、大阪の上町台地とその斜面にダイブするコースを考えてくださったのですが、歩きはじめる前に、まずはその土地の成り立ちや歴史の概要を知ると同時に、高い位置から、これからダイブする地べたの様子を俯瞰しよう…という趣旨で、歴史博物館を訪ねたわけです。
そして、ざっと展示を見終わり、エスカレーターで下の階に下りているときに、この景色に出くわしました。両側がガラスですから、見晴らしは最高です。そして、ガラスに、他所にある高層ビルが写り込み、影のように、眼前の風景に重なっています。このときは既にアダイモード(妄想モード(^^;)に突入していましたから、これが、なんだか「近い将来、これらの影は実像になるのだ」という予言(^^;のように見えてしまいました。
てなわけで、この写真を撮る機会を得たのですが、この時は、まだ、大阪ビジネスパーク(OBP)なるものが建っている場所が、陸軍の造兵工廠(兵器工場)跡地であったこと、そして、昔は、その辺りが東区杉山町だった…なんてことは知りませんでした。ところが、最近になって、この区画が、実は、非常に…どころではなく興味深いことを知り、今更のように「ダイブせねば!」と思いながら、この写真をアップした次第です。「もう遅いよ…」という声が聞こえてきそうですけどね(^^;

【場所】大阪市中央区大手前4丁目あたりです。

ヤレガントな家

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このところ町を歩いていないこともあって、あちこち飛びますが、今日は、大阪からです。今年5月に、大阪ダイブした時に撮った写真です。5月というと、半年ほど前のことですが、もうずいぶん昔のことのような気もします。なんせ、ご時世と言いますか、世の中の動きが早いです。それに加え、身辺であれこれと起きることの多い年齢になったことがその流れを加速し、そう感じさせるのでしょう。ま、口上はこのくらいにして(^^; この家です。
この日は、東淡路から歩きはじめ、淀川を渡り、旭区の低湿地帯を経て、千林商店街に至る...というコースを歩きました。この家に出会ったのは、歩きはじめて間もない頃でした。もうすぐ淀川にかかる鉄橋が見えてくる...というあたりで、この焼け焦げたような色をした波形トタン壁が目に入りました。相当にヤレています。が、ちっともきたなくない...。それどころか「お〜美しいじゃん!」という感じです。瓦も古いまま残っています。2階部分がサイディングらしきもので覆われているのが玉に傷...ですが、ま、それにもかなりの経年変化が見られ、これなら我慢しよう(^^;という範囲です。
この家、近くから部分的に見ても、なかなか充実したものがありますが、すこし引いた位置から眺めた姿が、これまたエレガント(ヤレガント?)と言いますか(^^;(^^; なんともおおらかで、気に入ってしまいました。おそらく、この時の光と、この家の隣の駐車場の看板や、ちょっと傾いた街灯と自動販売機などが、そう感じさせるのに一役も二役もかっているのでしょうが...。

【場所】大阪市東淀川区東淡路あたりです。

あべの銀座の路地

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ここは、大阪・JR天王寺駅の南側で進行中の再開発地区のなかですが、この辺りは、アーケード入口に残る看板によれば、「あべの銀座」と呼ばれているようです。そして、やはり入口に残る石碑によれば、人が歩いている通りは「旭通り」と呼ばれているようです。この写真は、その旭通りに交わる路地から、旭通りに向かって撮ったものです。
旭通りの片側は、もう建物の取り壊しが終わり、完全に更地になっていましたので、路地の出口に見えるのは、ビルの壁面と、更地を囲うフェンスだけ…という状態です。が、もう片側は、まだ取り壊されていない建物も多く、営業をつづけている店も、チラホラですが残っていました。でも、まあ、遠からず終止符が打たれる…という感触が強く感じられ、淋しい限りでした。
実は、この右側に見えるシルエットは、刺繍屋さんで、いまでも営業をつづけていらっしゃいます。この写真を撮ったときも、まだ店内には明かりがともっていて、人影もありました。が、写真に撮ると、まるで無人になった家のようです。こうして見ますと、この一画も、もう終わっている…という感じは否めませんね。

【場所】大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目あたりです。

阿倍野のホルモン屋

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大阪に行っていました。大変タイトなスケジュールで仕事をしていましたので、当然のことながら、町歩きなどする暇もない…という状態でした。が、そうは言っても、せっかくの機会です。隙を見て(^^;チラと天王寺の南側で始まっている阿倍野再開発の様子を見てきました。
なぜそこか?と言いますと、wakkykenさんのエントリー「阿倍野の再開発と居酒屋」に触発されて…という感じです。そして、東京・南千住の酒場「大林」や吉祥寺のやきとり「いせや総本店」と肩を並べると評される、大阪庶民に愛された酒場「明治屋」がどういう店なのか、70年ちかい営業に終止符をうつ前に、自分の目で見ておきたい…というのが主な動機でした。
で、今日の写真ですが、その明治屋の写真は、wakkykenさんのブログで拝見できますから、ダブるのを避け、再開発地のなかで、営業をつづける、ホルモン屋の写真をアップすることにしました。再開発が始まろうとしている区画は、もう営業を止め、もぬけの空となった店や、雑草が伸び放題の空き地などが目につき、淋しい限りでした。が、そのなあたりの路地に、屋台の発展型…といった、数人が座ればいっぱいになるような、ホルモン屋が営業をつづけていました。これが侘びしいながらも雰囲気があって、惹かれるものがありました。ところが…です。地元の方の話では、このホルモン屋も、今月の10日で営業を止めるのだそうです…。これからは連日、常連だった人たちが、名残を惜しむ姿が見られるのでしょうね…。

【場所】大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目あたりです。

他家の空似

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このふたつのバラック(意図してデザインしようとしてもできない…すなわち、カッコイイという意味です)、かなり雰囲気が似ていませんか? 実は、左のバラックは大阪で、右のバラックは東京で目にしたものです。

それぞれに、単独エントリーしようと思っていたほど気に入っているのですが、先日、急な仕事で大阪に行き、その移動の途中、左のバラックを目にし、「こいつはどこかで見た感じだな〜」と、気になっていました。そして、東京に戻り、以前撮った写真を探し始めたのですが、なんせ膨大な数の写真がありますし、最近の現像専用ソフトによるダグ付けなどもやっていません。探せどなかなか見つかりません。
で、ふと思い出したのが、「あのバラックの周囲には町工場が多かった…」そして「東武亀戸線で行ったところだったような…」ということでした。それらを手がかりに探してみると、ありました。右のバラックの写真が…。というわけで、本日のエントリー成立!というわけです。

ところで、左のバラックも、昔は町工場が密集していたに違いない…という地区に建っていました。ということは、このふたつのバラックは、大阪と東京の違いはあれ、ともに、町工場の多い低湿地に建っていることになります。なんだか、その辺りに、無理矢理にでも、共通する背景を見いだしたくなります(^^;
しかし、つまるところ、どちらのバラックもえらく素敵だ!ということですか(^^;

【場所】(左) 大阪市城東区鴫野あたりです。(右)東京都墨田区小村井あたりです。

山王の商店街で

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今月の19日まで、大阪で撮った写真を連続してアップしていましたが、ちょっと気をゆるしたすきに(^^;、つい、東京の写真ばかりになってしまいました。そこで、今日は、久々に大阪で撮った写真をアップします。
しかし、大阪については何も知りませんから、写真はあっても、それに添える文章を書くのが大変です。写真を組み合わせよう…と思っても、写真を見ただけでは、どれとどれが同じ地区なのか?ピンとこない…という状態ですし…。いや、土地勘というものの大切さを再確認させられます。
が、今日の写真は、撮った場所も、そのときの雰囲気も、頭に刻み込まれています。と言うのも、その場所というのが、東京の山谷に相当するあいりん地区(釜ヶ﨑)と、東京の吉原に相当する飛田地区に、隣接するように伸びている商店街のなかだからです。
しかし、あいりん地区の荒み方は、山谷の比ではありませんでしたし、飛田地区にいたっては、いまでもこんなことが…と、心底驚かされました。こちらも吉原の比ではありません。ある友人の忠告に従い、その2地区を歩くときは、カメラをバッグにしまっていましたが、そうして良かった…というのが実感です。とてもカメラを振り回す雰囲気ではありませんでした。
その2地区を抜けたところに、これまた相当に古そうなヤレた、この写真を撮った商店街があるのですが、ここまでくると、まあ、日常に戻った…という感覚になります。が、やはり、あまり大っぴらに写真を撮ってはまずい…という雰囲気は感じます。こういった感触は、東京では、あまり強く感じたことのないものですが、これは、僕が大阪に慣れていないだけ…とは思えませんでした…。当たり前ですが、違いますね、大阪は…。

【場所】大阪市山王1丁目あたりです。

ワンド 東西

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つい先日、初めて大阪を散策しましたが、その多少の予習中に「ワンド」なる言葉に出会いました。恥ずかしながら、これまで、この言葉すら知りませんでしたから、どんなものなのか? ネットで調べてみると、淀川河川事務所HPに「淀川のわんど」についての興味深い記事が掲載されていました。そこから一部を要約すると「ワンドとは、川の改修工事によって(たまたま)生まれたもので、本流とつながっているか、水が増えたときにつながる、河川敷の小さな池のこと」で、「ほとんど流れがないため、さまざまな希少な生き物や植物が生息できる」とあります。
東京では、このような風景を目にした記憶がありませんし、上記HP中に「淀川特有」という文字も見えますので、これは、東京人が知らなくても、そう不思議はないのかもしれません。...と、自分を納得させたわけです(^^;
で、とにかく、大阪散策の際に、実際にワンドなるものを、この目で見てきました。確かに、とかく殺風景になりがちな放水路の河岸が、ワンドの存在で「水辺」に様変わりしています。釣り人や家族連れの姿が見え隠れする様子を眺めていると、「これは親水効果ありだな」と思えてきます。右の写真が、その、淀川のワンド風景です。
そんなわけで、ワンドが気になっている僕ですが、なんと、このところ歩いている、旧中川沿いで、それを造っているところを目にしました。左の写真がその現場ですが、もう工事は終わり、自然が、ワンドにしてくれるのを待つ状態になっているようです。
しかし、こんなことも大阪散策の効果ですね(^^; 大阪散策をしていなかったら、これがいったい何なのか?分らなかったでしょうし、もしかすると、ここで写真を撮っていないかもしれません。いや〜人間、日々勉強です(^^; そして、どうやら、水や低湿地との折り合いについては、江戸期以来、大阪は東京のお手本のようですね!(^^;

【場所】(左)墨田区立花3丁目 / (右)大阪市旭区中宮5丁目あたりです。

谷町の長屋

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今日は、ネット検索をかければイヤと言うほどヒットしそうですが、やはり避けては通れそうもない(^^; 谷町の長屋の写真をアップしました。
東京の下町で、長屋と言えば、おおむね安普請…と相場が決まっていますから、大阪について先入観のほとんど無い状態(と言うより無知(^^;)だった僕は、「大阪の長屋も似たり寄ったりだろう」という想像をしていました。ところが…です。これが大間違い。さすがに天下の台所…商人の町です。お金がかかっています。長屋…という響きからは想像もつかないほど立派な建物が目につきます。
う〜ん、やっぱ、所変われば品変わるんですね〜。これには驚きました。というわけで、写真としてはどうと言うことはありませんが、谷町の、なかでも目立って重厚な建物を紹介させていただきました。
が、まあ、わりと急いで通過したものですから、詳しいことは分りません(^^; つきましては、他力本願で申し訳ありませんが、wakkykenさんのエントリー「大阪ダイブ(その3)-上町台地編・空堀-」をご参照ください。

ところで、谷町でも、東京の下町同様に、長屋をお洒落なショップとして再生する運動が進行しているようです。そんな、ある長屋ショップの裏手をにまわってみると、こんな風景が潜んでいました。エアコンの室外機がちょと目障りですが、ヤレ具合も良く、ベスバなんぞまで停まっていて…雰囲気ありました。しかし、古い長屋の裏側だというのに、異国情緒すら感じたのですが…。

【場所】大阪市中央区谷町6丁目あたりです。

谷町の路地

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これらの写真は、空堀商店街のあることでも知られる、中央区の谷町で撮ったものです。このあたりは、戦災を潜り抜けた地区だそうで、いかにも古い!と思わせる建物・長屋がひしめいていました。しかも、想像していたよりもずっと立派な建物だらけです。それらについても追々アップする積もりですが、今日は、とりあえず、谷町の路地の写真をアップしました。
路地には、いずこも…ですが、人の営みが濃く現れます。それが風景としての魅力になり、同時に、路地ごとの風景を特徴づけています。
僕は、普段は東京で生活していますから、大阪の路地を歩くと、無意識のうにち、東京と大阪の路地の違いを探してしまいます。やはり、ここ、谷町でもそうです。つい「どこが東京と違うのだろう?」という目で見てしまいます。確かに違いはあります。電線の引き込み方や現役どぶの存在、トタンの色や壁板を張る方向…などにそれが見てとれます。が、実際のところ、そんなことはどうでも良いんですね。路地にはみ出した生活部分は、大阪も東京も似たり寄ったりです。そして、そのことに、なんだか安堵感を覚えます。土地の成り立ちが違い、言葉や生活習慣などに違いはあっても、人の生活感覚というものに、そう違いはない…ということなのでしょうか…。
それにしても、谷町には、魅力的な味のある路地が縦横に走っていました。ということは、住人の方々にも魅力的な人が多い…と思って間違いないような気がするのですが…。

【場所】大阪市中央区谷町6丁目あたりです。






今回の大阪ダイブに絡めて、逆瀬川にあるBackStageというジャズのお店に行ってきました。なぜか?と言いますと、拙ブログにコメントをくださる光代さんのライブがあるというので、それを聴き行った...というわけです。そうなんです、光代さんという方は、金属加工会社の社長でいらっしゃいますが、実に様々な顔をお持ちで、ジャズの歌い手でもいらっしゃるんです。もう何度もライブをなさっているようですが、固定ファンも多く、なかには、光代さんのライブを聴くためだけに、遠路はるばる...という方もいらっしゃるそうです。

鴫野光景

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これらの写真は、鴫野(しぎの)という町で撮ったものです。ただし、鴫野と言っても、鴫野駅周辺ではなく、京橋や大阪城公園に近い場所です。このあたりは、大阪城のお堀に沿ってJR環状線が通っていますが、これは「上町台地東側の裾野沿いに走っている」とも言えそうです。高低差があまり感じられないので、気づきにくいのですが、この地形図(528KB)をご覧いただくと、その様子がわかります。
ここでは、高低差が小さいとは言え、凸凹の法則(^^;通り、JR環状線を境に、凸側はお城で凹側はバラックと工場…という色分けが、はっきりと見て取れます。こんなにはっきりと色分けされているところは、今回のダイブでは、天王寺と飛田地区との落差を除き、他に目にしませんでした。そんなこともあって、この鴫野という土地には、かなりの興味を感じさせられます。
写真は、3枚ともに、鴫野西で撮ったものですが、左右の写真は、大阪城公園に近いところ。近くを通るJR環状線の向こう側には、大阪城公園の緑と大阪ビジネスパークのピカピカビル群があります。が、こちら側には、ごみ焼却場の煙突から煙が立ちのぼるのが見えたり、トタンや板を使ったバラックが並んでいたり、高架下に捨てられた粗大ゴミの山が見えたりします。
中央の写真は、もう京橋に近いところです。この一風変わった建物は、寝屋川にかかる鴫野橋のたもとにたっていました。お気づきになった方もいらっしゃるでしょうが、1階部分が妙に低くなっています。僕が立っている位置は、寝屋川の土手道(そういう名称ではありません)になり、一段高くなっています。その土手道を幅拡張整備したせいで、結果的に1階部分が埋まった状態になった…ということのように見えました。
この鴫野あたりには、まだまだ伏兵(^^;が潜んでいるように感じられました。

【場所】大阪市城東区鴫野西1・2丁目あたりです。



前エントリー「佃島漁民のルーツ」のつづきです。東京の佃島には、守護神として住吉神社が在りますが、そのルーツは大阪の佃にあることが知られています。が、地図で見るかぎり、大阪の佃に住吉神社は存在しません。そこに在るのは田蓑神社という神社です。ところが、神崎川の対岸には住吉神社という神社が存在します。実に紛らわしいです。事前チェックの段階では、もしや対岸の神社が東京佃島の住吉神社のルーツか?と考えたこともありました。
そのあたりの事情は、wakkykenさんのエントリー「大阪ダイブ(その1)-淀川湿地編・佃-」に書かれていますのでご参照いただきたいのですが、大雑把に言ってしまうと、田蓑神社とは「田蓑島にある住吉大神を奉る神社」であるのだから、その分神霊を奉った東京佃島の神社が住吉神社と呼ばれても、何の不思議もない…ということなんですね。ま、そんなことはどうでも良い…という方は多いでしょうが、どうも気になったもので、自分用のメモとしても書いておきます。
ところで、写真ですが、いずれも田蓑神社の境内で撮ったものです。こちらには、家康との縁が深いことから、境内奥には、日光東照宮なども奉られていました。左の写真は、その境内奥で撮ったものです。新緑に鳥居とモミジの赤が映え、ひじょうに清々しさを感じさせました。中央の写真は、境内入口にたつ石の鳥居です。石の鳥居としては、古いもので、日本有数のものだ…ということでした。石柱と新緑と青空と白い雲…。この図を眺めているだけで、何かが洗われるような気がしました。なんだか、本当に清々しさを感じさせる神社です。そして、右の写真ですが、これは中央写真の鳥居をくぐり抜け、振り返って撮ったものです。気持ちのよい、心安らぐ空間でした。

【追記】じんた堂さんのブログに、興味深い関連記事「深川・佃町・住吉神社」がエントリーされています。ご参照ください。
【場所】大阪市西淀川区佃1丁目あたりです。

佃島漁民のルーツ

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大阪を歩いてみたい…と思った理由のひとつに、東京の佃島を開拓した人々を送りだした大阪の佃とはどんな所なのか? この目で見てみたい…ということがありました。とは言うものの、足を運んでみたところで、住所表記を見て「ここが佃か〜」というだけで、さしたる収穫はないだろうと思っていました。が、まあ、せっかく大阪に来たことだし…ということで、梅田から阪神線に乗り、千船駅で下車しました。
駅を出てみると、待ち構えていたのが、閑古鳥の鳴きそうな商店街と団地・マンション群…という、よくある風景です。「あ、やっぱりな…」と、多少気落ちしながらも、せっかく来たのだから…と、神社のある北端部を目指して歩きはじめました。そして、田蓑神社にほど近いところまで来たときです。家のまえで洗車している男性の姿が見えてきました。これ幸いとばかりに、その方に「江戸へ移住した漁民が住んでいたのはどの辺りかご存知か?」と尋ねてみると、「ちょうどこの辺り」とのこと…。想像もしていなかった答えが耳に飛び込んできました。その意外な展開に、突然「江戸佃島に来た漁民が住んでいた土地に立っているぞ!」と、かなり興奮です(^^; いや、人間、つまんないことでアドレナリンが出ますね(^^; 実のところ、感動すらしていましたからね〜。そんなことがあって、ちょっと時間を費やしましたが、その方と堅い握手をして、その場をあとにし、田蓑神社へ向かって、ふたたび歩きはじめました。
写真左と中央が、まさに「江戸に渡った漁民が住んでいた」とされる場所で撮ったものです。「ここだ!」と思うと、風景が違って見えてきます(^^;
写真右は、もっと千船駅に近い場所で撮ったものですが、この長屋の造作に、東京佃島に残る長屋と似通ったものを感じました。この造りは、大阪市内でよく見られる長屋とは全く異なります。それも気になったところです。

【追記】wakkykenさんのエントリー「大阪ダイブ(その1)-淀川湿地編・佃-」をご参照ください。
【場所】大阪市西淀川区佃1丁目あたりです。

オーエス劇場

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前エントリーに書きましたが、これからしばらくの間、大阪で撮った写真をアップするつもりです。大阪に入った日から順番に…とも思ったのですが、あまり堅く考えず、大阪最終日の最後に撮った写真からエントリーします。
実は、今回の大阪散策では、かなり長距離を歩きましたので、2日目には、足にマメが出来てしまい、最終日には、バンドエイドを貼りまくってもなお痛む足をひきずりながら…の行進になってしまいました。歩くのに適した靴を履いていかなかったのが、我ながら何とも…なんですが…。

最終日は単独で歩きました。浪速区の芦原橋から歩きはじめ、大黒町を抜け、JR新今宮駅を越えて南下し、西成区に入り、大阪の山谷とも呼ばれるあいりん地区や大阪の吉原と言われる飛田地区を通り、最後は、あいりん地区と飛田地区に隣接した、入り組んだ商店街を歩きました。
その商店街がいよいよ終わりか…というあたりで、ちょっと横丁に目をやると、路地に「オーエス劇場」なる横断幕看板が見えました。これが味があります。場所柄、「もしやストリップ小屋かな?」などと思い、そばまで行ってみると、そうではなく、時代劇を演っている演劇小屋のようでした。東京・浅草にある劇場の小型版という感じです。しかし、浅草の場合とは、立地条件がまるで異なります。こちらは、とある路地のなかほどにポツリという感じ…。真昼の商店街には人影も少なく、とてもお客が入っているようには見えません。が、とりあえず、本数は少ないものの、カラフルなのぼりが立てられ、ここだけは異質な空気が漂っています。
この日も、陽差しは強く、路地には濃い影ができていました。が、陽が当たっている場所は、それと反比例するように、妙に白っぽく、カサカサとして見え、なんとなく、白昼…という言葉が頭に浮かびます。これは日常的なのか?非日常的なのか? なんとも不思議な、東京ではまだ目にしたことのない空間でした。

【場所】大阪市西成区太子1丁目あたりです。

大阪ダイブマップ

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長らく更新できませんでしたが、実は、11日から14日にかけて大阪を歩いてきました。もうかなり以前から、wakkykenさんm-louisさんと「大阪ダイブをやりましょう!」と話していたのですが、なかなかその機会を持つことができずにいました。が、今回、ちょっとしたキッカケもあり、やっとそれを実現することができました。
というわけで、まずは、大阪を歩いたコースを紹介させていただきます。この地図は、カシミール3Dで表示させた地図上に、GPS受信機が記録したトラックを取り込んだものです。3日間のすべてのコースを取り込んでいます。ただし、電車での移動時は、GPS受信機と衛星との交信ができませんので、それは表示されていません。

そして、この全体図では、コースの詳細が把握できませんので、歩いた日ごとの地図も用意しました。
12日と14日に歩いたコースを取り込んだ地図はこちら(528KB)です。赤い線は、12日に、wakkykenさんと供に歩いたコースです。大阪唯一の台地である上町台地の稜線を中心に、凸凹と町のなりたちを模索妄想しながらの散策です。
そして、青い線が14日に単独で歩いたコースです。こちらは、大阪のディープエリアで、溺れそうになりながらも、どうやら生還した…という感じです。
13日に歩いたコースを取り込んだ地図はこちら(136KB)こちら(272KB)です。前者は、東京の佃島を開拓した人たちの出身地、西淀川区の佃です。ここでのダイブについては既にwakkykenさんが記事をアップなさっていますが、「行ってみて良かった」と心から思える感動の散策になりました。そして後者は、m-louisさんも参加してくださった、低湿地ダイブのコースです。このコース、もう、撮影したい風景が目白押しで困るほどでした(^^;

とりあえず、実に大雑把ですが、地図でのコース報告です。拙ブログは、体系だてたエントリーを不得手にしていますので、単発状態にはなりますが、次回からしばらくは、大阪ダイブで撮った写真をアップさせていただくつもりです。

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