(谷中) 根津 千駄木の最近のブログ記事

昨日、「曙ハウスも4軒長屋も消滅か〜、根津ももう終わったかな?」などと思いながら、根津の駅に向かって歩いていました。すると、いつも無言でたっていた建物たちが、「わたしを忘れちゃいませんか?」と、合図でも送っているよう感じられます。そうでした、忘れてはいませんが、これまでは、曙ハウスなどに気をとられ、あまり注意を払ってはいなかったことは確かです。
昨日は、夕方以降、上空がどんよりとした雲に覆われていましたが、なぜか空気は澄んでいました。いつもより風景がカリッとクリアに見えていました。そして、周囲が、仄暗いなかに輝きをたっぷり含んだような...不思議な空気に包まれていました。
すると、以前から気にはなっていた、古いナショナルの看板を掲げた小さな電気屋さんから漏れる明かりが目にとまりました。その明かりの前で、足を停め、正面から眺めてみると、長屋なのに、この電気屋さん1軒が浮きあがって見えます。蛍光管が切れたり切れかかったりしている看板が、寂れた田舎町にある商店のような匂いを発しています。そして、上空の雲の切れ目から月まで顔をのぞかせています。
表通りのお店には無い、この静かなひっそり感が、何とも言えません...。主役が居なくなっても、こうした名脇役が控えていたことを忘れちゃいけませんでした...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

曙ハウス最後の日

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用事を手早く済ませ、夕方、根津の曙ハウス解体現場に行ってきました。今日の写真は、一昨日アップした写真と同じ位置から撮ったものです。左手の曙ハウスを覆っていたシートが取り払われ、入れ替わるように、右手の4軒長屋が足場とシートで覆われていました。
曙ハウスが建っていた場所には、ポッカリと穴があいたような空間ができていました。全ての柱と壁が倒され、根津在住のneonさんが昨日のコメント欄で知らせてくださった通りの状態です。この空間の前で立ち止まり、感慨深そうな面持ちで、立ち話しをする根津の人たちの姿が多々見られました。やはり、意識するしないに関わらず、根津の人たちの心のどこかに、この曙ハウスが住み着いていたのだろうと思わせる光景でした。
そして、消滅した曙ハウス側から、向かいの4軒長屋を見たところがこの写真です。この写真だけを見ると、もう、かつてお住まい方でも、何処なのか分からないのでは?と思えるほどの変わりようです。後方に聳えているのは、不忍通り沿いに建つマンション群です。根津のこの一帯は、もう、何の変哲もない、ただの街に変身してしまうようです...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

このところ、根津の曙ハウス解体が気になりつづけています。できる限りの範囲で、現地に足も運んでいます。そんなわけで、今日も根津の路地で拾った欠片です[撮影日は今日ではありません]。

左の写真は、根津路地裏の花屋というエントリーで紹介した花屋さんの店内を、ガラス戸越しに撮ったものです。もう時間が遅かったため、お店は閉まっていました。が、奥の電灯が灯っていて、店内がボワ〜ッと照らしだされています。目の横に手をかざしてなかを覗きこむと、光源は思ったよりも明るく、台の上に置かれた青ガラスの花瓶を照らし出しています。くすんだ褐色のなかに、その青が浮かんでいるように見え、一種の清涼感を感じ、シャッターを切ったものです。それにしても、こちら、達人ですね〜。
右の写真は、路地の板塀に取り付けられた告知板です。板塀・告知板ともに、経年変化で、かなり痛んでいます。が、痛んではいるものの、しっかりと輪郭を保ち、毅然としてそこに在るように感じられました。そこに、筆で「栃乃花関 年男奉仕」とだけ書いた短冊(と言ってよいのかな?)だけが、画鋲で留めてあります。「節分の日に、根津神社での豆まきに栃乃花関が来るよ」と知らせている短冊です。それが、告知板の中心に1枚だけ...。なんだか、こういう「きちんとしたもの」って、見ると気持ちが清々してきませんか。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

曙ハウスの路地で

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羽田に娘を迎えに行くはずだったのですが、西日本の空港では、雪のため、飛行機の離着陸が困難な状態になり、予定が変更になったため、急遽、根津の曙ハウスの取り壊しの様子を見に行ってきました。
丸太の足場と白いシートで囲われたなかでは、重機械1台が黙々とアームを曲げ伸ばしして、慎重に、しかし易々と、瓦礫の山を築いていきます。その瓦礫が実に黒々とした色をしています。古い建物ですから、煤や脂が染み着いているのでしょう...。
建物のおよそ半分(向かって右側)の取り壊しが済んだところで、夕方になり、今日の作業は終了ということになりました。全てが消滅するまでに、あと2日程度かな?という感じです。
さて、今日の写真は、その曙ハウスの前を通る路地です。左手に見える丸太の足場が、取り壊しの現場です。が、実は、それだけに注目しているわけにはいきません。右手に見えているのは、4軒長屋ですが、こちらも、もうすぐに取り壊しが始まります。今日、この長屋の裏手にまわってみると、解体前の消毒が済んだことを知らせる貼り紙がしてありました。
根津谷の、この愛すべき路地風景を目にできる時間は、もう僅かしか残されていません。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

雨の根津の路地で

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今日も、午後になって、根津に行ってきました。いよいよ取り壊される、根津のシンボルだった建物「曙ハウス」の様子を見るために...です。内部に残されたゴミは大方運び出され、いよいよ明日から解体に取りかかるということでした。
そんなことを業者さん(これが話の分かる人達なんですね〜)と話していると、すぐ近くにヤマハのバイクが停まり、ライダーが降り立ちました。「あれ、見たような体型(^^;」と思っていると、ヘルメットの中から現れたのは、なんとなんとGG-1さんじゃありませんか! 昨夜、コメント欄に「行こうかな?」なんて書き込みいただいてましたから、「もしや...」とは思っていたのですが、本当の話になってしまいました。てな訳で、「暗くてもう撮れない」頃になって、二人で谷中ボッサへ。しばらく談笑です。[それにしてもGG-1さん、背が高く、脚も長くて、カッコイイ!]
と、いう訳で(^^;です。曙ハウス以外の写真は無いに等しいため、今日は、昨日撮った写真をアップします。どちらも、雨の日の、根津の路地で見かけた光景です。
左の写真は、根津1丁目に残る細い路地で撮ったものです。建物はトタンに覆われていますが、細部の造作をよく見ると、相当に良い木材を使い、しっかりと組み上げられていたことがわかります。この窓枠にはしびれました。柾目の通りかたなど、ギターの表面版に使えるのでは?と思うほどです。それが、風雨と清掃により、仕上げられたのでしょう。素晴らしい質感になっていました。
右の写真は、根津2丁目の路地で撮ったものです。背景は、ほとんで空家になった、古いアパートです。こちらも、波形トタンが錆びて、なんとも言えない風合いになっています。曙ハウスなき後は、もう、この建物しかありません...。

【場所】文京区根津1丁目・2丁目あたりです。

雨の根津町角

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ここ二三日、雨にもメゲず、根津に居ました。ある建物の最後を見届けるために...です。が、それについては後日ということにして、今日は、根津の表通り・不忍通りに面した果物屋さんのコーナーを撮った写真です。
こちらは、下町によく見られるモルタル看板建築風の建物です。間口が狭く、その分かなり奥行きがあります。T字路の角に建っているため、通りから、建物の側面全面が見えます。その造りがちょっと面白いのです。表側が3階で裏側が2階になっているため、屋根の形が大きな「ヘ」の字になっています。う〜ぬ、この説明で分かりますかね〜。ま、そんなわけで、建物の輪郭が、巨大な平屋をスパッと切ったように見えるわけです。「これは何だか妙な感じだ」と思い、その建物をそばに立ってみました。雨が降っているというのに物好きですね〜(^^;
すると、建物の輪郭よりも気になる光景が...。タイミングが良かったのか、雨のせいなのか、周囲がかなり暗いにも関わらず、街灯は灯いていません。そして、果物屋さんの店先は、商品が雨で濡れないように、ビニールシートで囲ってあり、その部分だけがポッと浮き上がって見えています。これって、一種の電球ですね(^^; 傘をさしながらの窮屈な姿勢でシャッターを切ってみました。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

先日、雪の日とその翌日、寒いなか、せっかく写真を撮ったにもかかわらず、掲載点数があまりに少なかったので、今日は、写真を1枚も撮っていないこともあり、それらの救済日にあてることにしました(^^;
そう決めたのは良いのですが、今度は、1枚掲載するのか?複数枚掲載するのか?がけっこう問題になります。1枚だったら使える写真でも、何枚か組み合わせるとなると、他と調和しなかったりと...。これがなかなか難しいです。てな作業を経て、結局、この3枚を掲載することにしました。まだ右端の写真にちょっと不調和感を残しながら...ですが...。

左の写真は、谷中と言っても、千駄木に近い銭湯の裏手で撮ったものです。実は、この立て札は、銭湯の壁(左手に見えるグリーンの部分)に立てかけてありました。このスリムさ、色、ヨレ具合、どれをとっても素晴らしい出来でしたので、ちょっと所定の位置に立ってもらい、ポートレート(^^;を撮らせてもらったというわけです。「オマエ、停めんなよ!」という感じではなく、控え目に「停めないでね〜」という感じで、よろしいでしょう(^^;
中の写真は、この日見た、いちばん小さな雪だるまです。根津に近い路地に、ちょこんと座っていました。背丈が10cmもなさそうなこの雪だるま、溶けそうになりながらも、なかなか愛らしい顔をしていました。
右の写真は、谷中と言えばこの築地塀、というくらいに有名な塀です。しかし、こうして見ると、土塀はほとんど濡れていません。ちゃんと、雪のしずくが土塀にかからないような屋根?幅になっているんですね。

【場所】台東区谷中2丁目・6丁目あたりです。

雪残る谷中で

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雪の降った翌日は、雲ひとつない、どぎついくらいのスカッ晴れというのが良くあるパターンですが、今日は、外れパターンでした。上空には結構雲が多く、太陽が顔を見せたり隠したりの繰り返しでした。が、雲が厚くはないため、光の回りがとてもキレイな日でもありました。そんななか、今日は、谷中を歩く機会を得ました。
表通りの雪は、ほぼ溶けていましたが、路肩には、残った雪が凍結している場所も多く、気をつけて歩かないと、足をとられます。ま、こちらは、いつものパターンですね。
左の写真は谷中6丁目、中と右の写真は谷中2丁目あたりで撮ったものです。明暗はあるものの、薄曇りに近い光のせいで、コントラストが強過ぎず、ニュートラルな写真になりました。

【場所】台東区谷中6丁目・2丁目あたりです。

黒い路地

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お天気の芳しくない日に散歩したい、という人は少ないですよね。ま、例外もあるでしょうが...。
この写真は、曇天で薄ら寒い日の午後に撮ったものです。もしもこの日が、元旦でなければ、僕も家を出ることはなかったと思います。が、元旦の根津・谷中を歩いた記憶がなかったため、いちどは見ておこうと思い立ち、家を出ました。
さすがに元旦でした。生活路である路地にも、人影は少なく、表通りを通る車もまばらで、どこもシーンと静まりかえっていました。
この日は気温も低く、いくらせっせと歩いても、体が暖まるどころか、手足からどんどん冷えていきます。そんなことも手伝ってか、太陽が沈む頃になると、どういうわけか、随分と遠いところまで歩いたような、妙に人里離れてしまったような感覚に襲われ、きびすを返しました。三崎坂をくだり、そして根津の路地を抜けて駅に向かおうとしていました。その時です。この光景が目に飛び込んできました。元旦だからなのか、両側の家がいつもよりさらに暗く、真っ黒なシルエットになっています。その暗く細い路地の先に、自動販売機だけが、ぱっと明るく見えています。
そういえば、正月の都心は、何処を歩いても、暗くガラーンとした街中で、街路灯と自動販売機だけが、誘蛾灯のように、明るい光を放っているのが印象的でした...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

元日の三崎坂で

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寒い元日になりました。が、寒さにめげず、本郷〜根津〜谷中を歩いてきました。
まずは本郷の桜木神社です。もう午後の3時頃でしたが、人影はまばらです。近くに湯島天神や神田明神があるわけですから、氏子以外は、皆、湯島や神田に行ってしまうんですね。由緒はともかく、知名度の差と言ってしまえば、それまでですが...。
一方、湯島天神は...と言えば、もう人が境内からあふれ出していて、長い長い列ができていました。警官が整理にあたらなくてはならないほどです。行列してまでお参りする気はありませんし、すでに新年のお参りは桜木神社で済ませていましたので、湯島はあきらめ、地下鉄で根津へ移動です。
そして、元旦の根津と谷中をざっとまわってみました。各家の玄関には、お飾りや謹賀新年の札が出ていますが、それを除けば、いつもの根津・谷中です。ただ、人影がきわめて少なく、静かです。そして、空はどんよりと曇っています。そのせいでしょうか、町がいつもよりしっとりとして感じられました。
そんな根津を抜けて、谷中に入り、三崎坂をのぼっていた時です。元旦の営業を終えた音羽屋さんが人力車を引いて、ゆっくりと坂をくだってきます。三崎坂風景の時代が一気に遡ります。そして坂をのぼっているのは僕ひとりです。すれ違いざまに、どちらからともなく会釈を...。その瞬間、ぽっと暖かいものを感じます。いいですね〜町歩きってのは...。その場に立ち止まり、音羽屋さんを見送るような気分で撮ったのが、今日の写真です。

【場所】台東区谷中4丁目あたりです。

間間間の古時計

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谷中に「間間間」というお店ができていました。いつ頃開店なさったのか定かではありませんが、夏頃には、既に開店なさっていたと思います。「間間間」という店名ですが、これで「サンケンマ」と読むのだそうです。なぜ故にこの店名か?というと、このお店は、古い町屋を改装したもので、その店舗部分の「間口が三間」だからかな?と想像しています。なかなか思いつけない店名ですよね。これだけでも、こちらのご主人の趣味はかなり...と思わされます。
この日は、友人と根津・谷中を歩き、あたりが暗くなりはじめた頃に、このお店の前を通りかかりました。店内では、ご主人と思しき若い男性が、ひとりで本棚の本の整理などをなさっていました。どうやら、店内を一部改装なさっている最中のようです。声をかけてみると、「今日は7時からバーのみ営業します」ということです。店内でお茶でも...というわけにはいきませんでした。そんなわけで、ちょっと後ろ髪を引かれながら、その場を後にしようとした時に目に入ったのが、この光景でした。
曇った窓ガラスの向こうに、古い壁掛けの時計と、裸電球と傘の組み合わせが見えます。その光の具合が懐かしさを感じさせます。また、空気の冷たい日だっただけに、窓枠の縁に残る白いパテか糊の跡が、雪のようにも見えてきます。家の暖かさって何よりも大切なもののひとつかな?と想わせる光景でした。

【場所】台東区谷中5丁目あたりです。



本日早朝にアップしたアースダイブ地図 (谷根千用)をご覧くださった方のコメントに、興味深いことが書いてありました。それはneonさんとciceroneさんのやり取りで、「根津より東上野のほうが低いんだ〜!」というものでした。僕も同様の興味を感じていましたので、この際です、根津から東上野を直線で結んだ位置の断面図を作ってみました。
やはり「カシミール3D」に「数値地図5mメッシュ(標高) 東京区部」(国土地理院発行)を読み込み、それを「カシミール3D」で断面図にしたのがこの図です。これを見ると、根津から上野の高台、東上野にかけての高低が一目瞭然ですね。こうして見るのもまた面白いですね。ただし、感覚的に把握しやすくするため、高低を強調してあります。実際には水平方向の距離がもっと長いため、よりなだらかです。

先日のアースダイビング@下北沢で、初めて、我等がアースダイブ隊用の地形地図を作ってみたわけですが、これが意外と面白く、都内のあちこち用に、同様のものを作って眺めてみたくなってきます。で、手始めに、何と言っても、拙サイトのいちばんの拠点である、谷中・根津あたりの地形がどうなっているのか? それを解明しなくてはなりません。そんなわけで作ってみたのが、この地形地図です。

この地図は、フリーの地図ブラウズソフト「カシミール3D」に、「数値地図5mメッシュ(標高) 東京区部」(国土地理院発行)を読み込み、「5m以下を青系グラデ」「10m以上を茶系グラデ」に着色した地形図に、Garmin社製 GPS 日本語版に添付の地図ブラウズソフト「Mapsource」に読み込んだ「シティーセレクト日本道路地図」を、"ほぼ"等倍にして重ね合わせ、透過度を調整したものです。

まだまだソフトが使いこなせませんので、後日改めて見ると、赤面ものなのでしょうが、他にこのような地図は見あたらないため、自作してしまいました。僕と同じような興味で谷中・根津を歩いていらっしゃる方には、少しは興味を抱いていただけるかな?と思いアップしました。また、この地図を見て「あ、面白い!」と感じてくださる方が出現するといいな〜とも思って...。

初秋の根津で

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良く晴れた気持ちの良い日でした。とても光がきれいでした。そんな今日、珍しく、午前中に根津に向かいました。光の具合からすると「これは暑いぞ」と思っていたのですが、外に出てみると、あに図らんや、空気は意外にひんやりとしています。ジャケットをはおってて良かったな、という感じです。見上げると、純白の真綿のようなちぎれ雲が、上空の低い位置にポカリポカリと浮いています。なんだか、空と光は夏だけれど気温は秋という、ちぐはぐな感覚。それを楽しみながら、久々の根津の町歩きです。
根津を歩くときは、とかく、不忍通りから1本裏に入った道に入り、「今日の根津はどんなかな?」と、様子をみます。そして、大正に建てられたという根津の主・曙ハウスが健在であることを確認します。この写真は、その曙ハウスに向かう通りで撮ったものです。「クリーニング」の看板の向こうに、ちらりと見えているのが曙ハウスです。
このあたりを歩くのは、午後であることが多いため、こうして、順光に照らされたこの通りは、いつもと印象が違って見えます。しかも、秋にしては強い光に照らし出されています。コントラストが強烈で、なんだか町並みの輪郭がカチッとして見えます。そこへ、若い外国人の女性が、キビキビとした足取りでこちら歩いてきました。その様子が、輪郭が明瞭な今日の町並によくマッチしています。で、思わずシャッターを切りました。
あとになって見ると、この女性、やはり腰にパーカーのようなものを巻き付けてます。晴れて暑いように思えても、Tシャツだけで外を歩くのはもう不用心な季節になったようですね。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

ブルーバットな壁

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すごいタイトルをつけました(^^; ブルーバットは黄金バットからの連想です(^^; 黄金バットなんて、僕が本当に小さい子供の頃、紙芝居に登場するキャラだったような? また、当時既に昔のキャラだったような気もします。ま、それは忘れてください(^^; とにかく、この家の壁面が突然目の前に現れたときは、ウワッと驚きました。深夜でしたし...。
家が密集している場所では、ある家が取り壊され、それまで見えなかった隣りの家の壁面が突然衆人の目に晒されることがありますが、これだけ「もうアートじゃないか?」と思わされる例というのはあまりありません。なんだか、左右に広げた手羽をバタつかせて、こちらに飛んできそうだな〜という感じでした。ちょうど青いシートで覆われた直後だったのかもしれません。この写真を撮ったのが18日。24-5日に同じ場所を通ったときには、既に足場が組まれ、シートは取り払われ、壁面はサイディングで覆われていました。月夜の西片町に一瞬現れたブルーバット景でした(^^; このエントリには「でまかせ」というカテゴリが必要ですね(^^;

【場所】文京区西片2丁目あたりです。

根津のきれいな廃屋

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先日崩した体調が、まだ本調子に戻ってくれません。あ〜やっぱり体力ってのは歳とともに落ちるもののようですね。うまく折り合いをつけていくしかなさそうです。
今日は良いお天気でしたが、体調がそんなですから、「よしっ写真でも撮りに行くか!」って感じではありません。が、家でじっとしているのも勿体ない話です。歳とともに残された時間も短くなるわけですから...なんて(^^;
で、「そうだ、のんびりと根津の古書店でも見てこよう」と思い立ち、家を出て、あまり身体を上下に揺すらないように(^^;トロトロと根津を歩いていました。
今日の写真は、そんなトロ歩きの最中に撮ったものなんです。この家(無人)の前はしょっちゅう歩いています。写真も撮っています。が、今日のこの廃屋の表情はいつもと違っていました。台風効果だと思います。ガラスがきれい。板張りの壁もきれい。昨日の風雨で汚れが洗い流されたのでしょう。とてもすっきりした表情をしていました。なんだか、見てると癒やされるような、落ち着くような...、そんな気分で撮った写真です。人間だって、老いても、身ぎれいにしなくっちゃ(^^; そう言って、僕に微笑みかけているようでした...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

谷中懐かし風景

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お盆を郷里で過ごすため帰省中の人が多いのか、都心はまだいつもの雑踏が戻ってきていません。谷中でも、お休みしているお店が目につきました。久々に行こうと楽しみにしていた谷中ボッサもお休み。ガックリ(^^; ま、それはそれとして...。
今日は、そんな谷中を歩いていました。目的のひとつは、圓朝まつりにちなんで全生庵で公開されている「圓朝幽霊画コレクション」を見ることでした。この催し、今年で、もう21回目を数えるんだそうです。すっかり谷中に定着しきった感があります。こちらも、お盆が効いているのか、入場者は少なく、のんびりと見てまわることができました。今年は、会場の照明を白熱灯に変えたそうで、去年のように、照明を消し、障子を通して射してくる西陽だけで見るということはできませんでした。これは嬉しいようなちょっと残念なような...。ま、残念です(^^; あの薄暗いなかで見る幽霊画は、淡さが空間に溶け込み、こちらに漂ってくるような迫力がありました。
その全生庵の境内で目にしたのが右の写真です。お寺の境内を遊び場にしている子供たちが置き忘れたのでしょうか、オモチャのピストルが2丁、こうして置いてありました。光の具合もあってか、ふっと子供の頃を思い出して懐かしく、シャッターを切りました。
左の写真は、全生庵を出て、帰り道で目にした光景です。ほおずきはお盆には付きものですが、漢字では「鬼灯」と書くそうで、提灯にも見立てるのだそうです。東京ではお盆は7月ですが、東京にお住まいでも、やはり、郷里を想い、こうして門前にほおずきを掛けていらっしゃるのかな?と、一種の懐かしさのようなものを覚えながら撮ったものです。って、実は、遠くから見たとき、「あっ、干し柿」って思ったんですけどね(^^; そんな訳ないですよね〜。

【場所】台東区谷中2丁目(左) / 5丁目(右)あたりです。



こちらから願っては叶うこともないメンバーによる谷中根津S計画実行日から、もう、かれこれ2週間が経とうとしています。なんだか時間の流れは早いものです。あの時間が、余韻から記憶に変化しようとしています。大切な記憶に...。または良い思い出に...。
しかし、考えてみれば、あの日撮った写真をいまだにアップしていませんでした。そこで、今日、あの日撮った写真をもう一度チェックしてみました。その結果が、本日の「思い出のアルバム(^^;」です。
しかし、錚々たるメンバーとご一緒させていただいたのですが、どなたも、いつまでも少年でした。ほとんど少年探偵団ごっこ状態。Stay foolish なんです(^^; 日本も明るいぞ〜!

■ご一緒させていただいた方々による関連エントリーです:
NEDU/YANAKA zone / 根津・谷中 界隈探検 / Stay hungry. Stay foolish.

【場所】台東区谷中です。Stay foolish のみ文京区根津です。

暑い日でした。が、湿度が低く、風もあって、わりと快適に感じられました。そんな今日、久々に根津・谷中を歩きました。ブログ世界(に限らず)の先輩お二人と、そのご友人で、やはり僕の先輩にあたる方とご一緒させていただいて...。
お二人は建築家で、お一人が編集者でした。やはり目の配りや足の止まり方に違いを感じます。「生ビールがあるかな?」とか「芋甚のアイスクリームだ〜」とか、ってそんなことじゃありませんね(^^; やはり、僕では到底気づくことのできない、建造物の特質や特異な点、使用素材などにすっと視線が注がれます。そして、それらに対する見解があっと言う間に出てしまいます。風景を読解する力の差とでも言うのでしょうか、そんなものを感じました。この方々が立ち止まった場所でシャッターさえ切っていれば、何かになるな〜(^^;なんて思いながら...。要は、僕にとっては、人間の力を見て感じた散歩ってことですね。勉強です、勉強。しかも タ・ダ・デ・ス(^^;
そんなわけで、あっという間に夕方になり、そろそろ何か腹に入れましょう、ということになり、お店の多い場所に向けて歩きはじめました。後方からは、「肉食いましょう」だとか、「中華か焼き肉でしょ」とか、「芋甚のアイスクリームが先だよ」とか、「生ビールさえあれば、芋甚でも結構ですよ」などなど、好き勝手な言い分が聞こえてきます(^^; そんななか「こりゃ細い道だね〜」という声が...。「あ、そう言えば、ここ細いよな」とあらためて思い、見上げた空がこの写真です。ちょっと地味ですね〜。ま、いいか(^^;

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

谷中四丁目

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都心に住んでいると、よほど車が好きでない限り、滅多に車を利用しなくなってしまいます。どの道も混雑していますし、目的地にたどり着いたとしても、そこからがまた大変。駐車場を探すのにひと苦労です。そんなわけで、編目のように巡らされている地下鉄を利用する機会が増えます。
となると、心配は車のバッテリーです。先月など、なんと3回もJAFさんのお世話になる始末。いくらなんでも4回目を数えたくはありません。そこで、先日来、バッテリーあがり防止ドライブなるものを敢行しています。なんとも情けないドライブなんですけどね(^^; 最初は、ただ、そこらを1周していたのですが、単に義務的な感じがして面白くありません。そこで、せっかく時間を潰すわけですから、いっそ谷中・根津あたりをまわれば、いくらか気が利いてるんじゃないか?ということになり、コース変更です。するとやはりなかなかです。「池之端から根津ってこんなに近かったか」とか、「あ、谷中M類栖さんチだ!(^^;」とか、「あそこは一通だったっけ?」とか、「車なら動坂なんかすぐだな〜」などなど、歩くのとはまた違った感覚と視点で風景を見ることができます。たまには車もアリだという感じです。ま、たまに、ですが...。
そんなわけで、今日もその義務感ドライブに行ってきました。が、谷中となると、あちこち気になる場所があります。そこで、今日は、途中で車を停め、ちょっとだけ歩いてみました。久々の谷中です。
この写真はその際に撮ったものです。ここは2階建ての4軒長屋が残っていて、団塊の世代が小学生だった頃に、友達の家に訪ねていくと、まわりはこんなだったな〜と思わせる場所です。ほんとに懐かしい感じがします。が、今日は、昨夜の雨のせいもあってか、まわりの緑が濃さを増し、空気にも透明感があって、この風景が、いつもより、いくらか若返ったように見えました。すると、その風景を見ている僕も、すこしだけ若返ったような気がしてくるから不思議です。谷中はやっぱりワンダーランドですね。

【場所】台東区谷中4丁目あたりです。

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