(谷中) 根津 千駄木の最近のブログ記事

長屋裏でひっそりと

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ここは、高齢のおばちゃんと息子さんが、お二人で静かに暮らしていらっしゃる家の前の空間です。完全な袋小路の奥にあたり、幅1メートルにも満たない路地を通る以外に、表通りに出る方法はありません。
おばあちゃんは、戦後、中国から引き上げていらした方で、もう60年以上ここにお住まいなんだそうです。失礼ながら、お住まいは相当に古びて傷んでいます。息子さんは、もっと便利なところに越そうか?と言ってくれるのだそうですが、おばあちゃんは、もうここを離れる積もりはないそうです。「ここだったら、どんな闇夜でも、勝手知ったる路地、ひとりで帰ってこれるから」と。
ここに立って上を見ると、まわりがすべて2階建ての家や長屋に囲まれているため、縦穴の底から空を見上げているような感じすらします。おばあちゃんの家専用の、静かで穏やかな異次元とも想える空間です。
写真に撮っておきたいという僕に、「ありがとう。ゆっくりしてってね」と言い残して家に入っていったおばあちゃん。なんだか、野道でも歩いた後のような、懐かしさのある清々しい後味が残りました。

【場所】文京区根津です。

最近では、下町の履物店というと、なんとなくさびれた感じのお店が多く、昭和を感じさせる古びたショーケースや棚に、ビニール製のサンダルやら、昔懐かしい学校の上履きのようなズック、特売の棚でしかお目にかかれないような革靴などが、パラパラと置かれている有様です。もっぱら、お年寄りの普段履きを専門に細々と、といった感じを受けます。
そんななか、こちら、三崎坂にある平井履物店さんは、ひと味もふた味も違います。下町の粋を感じさせる下駄や草履の専門店で、いつ見ても、控えめで渋く、こざっぱりとした店構えには感心させられます。「下駄を買うなら、こちらで教わって買いたいな〜」と、お店の前を通るたびに思います。
この日は、根津から谷中を歩いていたのですが、日も暮れて、いよいよ家路につこうと、三崎坂を下っていました。この坂を下るときは、平井履物店さんの前にさしかかると、ふと気になり、店内に目をやります。この時は、店内に和服を着た女性の姿がありました。しかも、いかにも和服を着慣れているといった感じで、立ち姿や身のこなしがきれいです。店も粋なら客も粋。良いですね〜、風情があって...。惚れ惚れ(^^;

【場所】台東区谷中2丁目あたりです。
【追記】平井履物店さんのホームページはこちらです。充実してます。

谷中の雛人形

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昨日、一緒に谷中を散歩した友人が「アランさんのアトリエはぜひ見たい」ということでしたので、夕方近くなって、そちらに立ち寄りました。今日(3日)から、池袋の東武デパートで個展が開催されているため、昨日は、作品の搬出・搬入などのためか、アランさんはご不在でした。
そして、一昨日までガラス戸近くに置かれていた屏風と日本画も展示会場に行ってしまったらしく、そこには、ぽっかりと空間ができていました。が、その空間に、写真のように、雛人形が飾られ、その後方には、アランさんの作品である、透明フィルムに桃の花を描いた掛け軸が垂らしてあります。こんなシーンが待ち受けていようとは、僕も友人も、想像もしていませんでした。まさに不意打ちです。
人形はかなり古そうです。きっと奥様が持参なさったものだろうと想像します。これを見ると、アランさんと奥様の心遣いと暖かさが伝わってきます。お二人に代わって、この雛人形が「来てくれて、ありがとう」と言っているのが聞こえてくるようでした。
モダンな立ち雛も良いけれど、ここ谷中には、昔ながらの伝統的な雛人形が良く似合うようです。こんなに雛祭りを感じさせられたことは、かつてありませんでした。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

谷中 根津 湯島の梅

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このサイトを訪問してくださる方のおひとりから、「湯島の梅を撮ってアップしろ」という注文をいただきました。サービス精神旺盛委なシェフといたしましては、「なんとかご注文にお答えしたい」と考え、本日、谷中散歩の帰りに、ひとり湯島天神をうろついてきました。
「これは良さそうだ」と思う場所が、女坂 [湯島天神にのぼるゆるやかな階段] に1箇所あるのですが、その梅はいまだ3分咲き。さすがに淋しい感じがします。背景に負けてしまいそうな有様。そこで、しかたなく、梅の木だらけの境内に入りました。

谷中の緑の長屋

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今日は、午後になって、気の合う友人と、根津から谷中あたりを散歩しました。ふたりとも趣味は写真を撮ること。お天気は薄曇り、ときどき太陽が顔をのぞかせる状態でしたが、光が均一にまわっていて、写真日和でした。
ふたりで歩いていると、ひとりで歩いているときには気づかなかった物や場所に友人が気づき、「あ、それもアリだな〜」と教えられることが度々あります。今日の写真の場所も、そんな例で、ひとりだったら通り過ぎていたかもしれない場所にある2軒長屋です。
ここは、通りからすこし奥に入った目につきにくい位置にあるので、いつの間にか無意識に、「ここには撮るべきものは無い」と、決めつけてしまっていたようです。でも、今日は隣りに友人が居たため、「ま、ちょっと入ってみましょうか」ということになり、それが幸いしました。緑のトタンの塊が出現です。そして、その前には、ほこりだらけのカバーのかかったバイクが。側面を見れば凹凸もあり、言うことありません。今日の写真は、良い友人に恵まれて、撮れた収穫です。それにしちゃ暗い写真ですが(^^;

【場所】台東区谷中2丁目あたりです。

ここは根津 [旧藍染町] にある長屋です。通りに面した部分は4軒長屋 [写真右手の棟から右方向へ延びている] になっているのですが、もうどこにも人は住んでいません。建物の大部分が波形トタン板で覆われ、それが錆びて、相当に朽ちた感じがします。それでも、不思議なことに、さほど廃屋臭さがありません。
この長屋はL字型に曲がっていて、その奥の棟にはまだ人が住んでいらっしゃることも、その要因でしょうが、もうひとつは、路地の向かいにお住まいの奥さんが、園芸がお好きで、この無人の長屋の前を毎日掃き清め、まわりに花の鉢を並べていらしゃることです。それが見事に廃屋臭を中和しているようです。いまは季節的に花が少ないのですが、これが春夏になると、さぞきれいなことだろうと思います。錆びたトタン板を背景に、植物や草花はよく映えます。ここには、夏の匂いがしはじめる頃、もういちど足を運んでみようと思っています。
と、前置きのつもりが、本文のようになってしまいましたが、今日の写真は、昨日、アランさんのアトリエに向かう途中に、その長屋の路地で撮ったものです。タイル状のコンクリートが敷きつめられ、他の路地に比べると緑も少なく、さほど風情はありません。ところが、やはり太陽の力ですね。そこにさっと光が差し、陰影ができると、一気に路地に奥行きが生まれ、シャッターを押さずにはいられなくなります。そして、この写真もご覧になってみてください。これは、今日の写真を撮った8分後に撮った写真です。表情が違いますよね。こうしてみると、風景ってもの凄いスピードで動くんですね。特に狭い路地では。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

谷中の高台は、お寺やお墓が多いせいか、高い建物がなく、都心とは思えないほど空が広いところです。その高台に開放感溢れるアトリエを構える屏風絵師がいます。彼の名はアラン・ウエスト。経歴等は彼のウェブサイトをご覧いただくとして、今日は、彼のアトリエの紹介です。
アトリエは、アーティストの作業場であって、通常、人目に触れないような造りになっていますが、彼のアトリエは、前面がガラス張りになっていて、通りがかりの人が、日本画や屏風絵、それらが制作される過程を、いつでも観ることができるようになっています。
昨年の夏に、みかどパン店を紹介しましたが、そのパン店の隣りにたつグレーの建物が彼のアトリエです。パン店を紹介した頃すでに、彼のアトリエと展示してある作品がとても気になっていたのですが、彼が不在であったり、奥で版画制作の最中だったらしく、なかなかお会いできませんでした。

谷中の宗善寺で

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良い天気でしたね。空気は思いのほか冷たいのですが、光のせいか、なんとなく春めいて感じられました。家の用事を済ませ、午後になって、根津・谷中を歩きました。
お昼を食べていなかったので、根津に着いてから、芋甚さんの昭和焼き[今川焼きのようなもの]を1つだけ買い、それを食べながら、藍染通りを谷中に向かいます。途中、ちょっと青空洋品店さんのドアを開けて、お仕事中のあづさんに「こんにちわ〜」とごあいさつ。谷中の匂いがしてきました。
坂をのぼり、大名時計博物館の近くに立つと、時間はちょうど5時頃でした。見上げると、淡いブルーの空を背景に、ほわっとした雲が流れ、その雲が淡く渋いピンクに染まっています。ちょうど目の前の宗善寺の門が開いていたので、足を踏み入れてみると、どうでしょう、坂の下まで墓地が広がり、視界を遮る建物がいっさいありません。その向こうには、根津から池之端あたりを見渡すことができます。しかも、そこに居るのは僕ひとりです。もう、日が暮れるまで、ここにじっと佇み、久々に、のんびりと平穏な気分に浸っていました。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。
【余談】向こうに見える高層ビルは、最近竣工した池之端のマンション。その左のおでん風建物は、やはり池之端に建つホテルです。

先日、谷中の古いアパートの写真を撮った後、谷中墓地に向かいました。あちこちで、猫が、気持ちよさそうにゴロゴロ、ノソノソ。墓地内の公園には、子供を遊ばせる若いママの姿が。そして、ところどころに、墓地を散歩するカップルやお年寄りの姿も見えます。見上げると、大きな木から伸びた枝が網目の文様をつくり、その向こうには、大空が広がっています。気持ちが曇っているときは、墓地を歩けば、その曇りもゆっくりと晴れていきます。
さて、ぶらりぶらりと墓地のなかを歩いていると、大きな石碑の前にでました。そして、そこに木の影が落ちています。なんとなく、その石碑の形と、そこに映る影の模様が気になりはじめ、とりあえず撮っておこうと、ファインダーから眺めた時でした。「あ、これはあの青山のTOD'Sのビルだ」と思いあたったのです。
朝日新聞に掲載された「表参道に建ったTOD'Sのビルは、参道のケヤキをモチーフにしてデザインされた」という記事を読んだときは、「ほう、そうなの」程度にしか感じませんでしたが、この石碑に映った木の枝の影を見ると「なるほどそうだったか」と、納得し、建築家の力量というものを再認識させられた思いです。
この2枚の写真、ほんとうに同じイメージに見えませんか?

【場所】台東区谷中墓地&渋谷区神宮前5丁目あたりです。
【参考】TOD'Sビルの詳細については、iGaさんのブログ "MADCONNECTION"の記事「表参道の新建築」をご参照ください。
【追記】iGaさんがコメント欄に残してくださった参考となるページ、TOD'Sビルの設計者・伊東豊雄氏による「武蔵境駅前再開発事業のコンペ案」(pdf)です。(このPDFファイルは削除されたようです)

町家の上がり框

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ここは三崎坂をのぼりきった所にあるクリーニング店さんの勝手口です。人ひとりがやっと通れる幅の路地に面しています。その路地の反対側(写真で言えば背中側)には、クリーニング店さんの作業場があります。ですから、路地とは言っても、家のなかを通っているような状態で、まったくの私道です。ですが、人が通り抜けても、とがめられることはありません。
僕も何度も通らせていただいてますが、そこを通れば、こちらの勝手口の上がり框が、いやがおうにも目に入ります。いちおう簾で目隠しはしてありますが、見ようと思えば家のなかを覗き込むことだってできます。でも、それをしないのが暗黙の了解というものです。
それにしても不用心に見えます。が、この勝手口のすぐ隣りには神棚があって、こちらの安全を見護ってくれているようです。これ、警備保障会社のステッカーなんて目じゃない御利益があるようです(不敬な言い方で申し訳ありません)。
しかし、この、大切に使い込まれた敷居、レール、引き戸、土間(コンクリートですが、土間と呼びたくなる感覚があります)、框などには、人の温かみや思い入れといったものを、強く感じさせられます。こういった感じって、いいですよね。気取りがなくって...。
ところで、この写真、ちゃんとご主人の許可を得て撮っています。念のため(^^;

【場所】台東区谷中6丁目あたりです。

午後、谷中の路地で

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久々に太陽の光がきれいでした。このところ、やや気分は浮かないのですが、家のなかに籠もっているとろくなことはありません。午後、日暮里駅から谷中に入りました。
ここは日暮里駅のすぐうえ。この先は崖になっていて、その下を何本もの線路が通っています。平日の午後ですから、いつものように、人影はまばら。静かです。時々、駅のホームに発着する電車の音と、拡声器を通したアナウンスの声が聞こえるだけです。長閑、平穏、そんな言葉がぴったりです。
右手に見えるのは、大正時代に建てられたという古いアパートです。随分昔に、彫刻家である友人に案内されて訪れたことのある場所ですが、ほぼ当時のままの姿で残っていました。いまや本当に貴重な土の路地も残っていましたので、足の裏の感覚を全開にして踏みしめてきました。
ここから線路と反対方向に歩けば、すぐに谷中の墓地です。誰かに会いに行きましょうか? 花重さんで、お花でも買って...。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。

路地で立ち話

今日は、上野動物園に行ったのですが、その帰りに、普段あまり足を伸ばすことのない池之端を歩きました。旧町名で言えば、上野花園町と谷中清水町になります。この辺りには、根津宮永町(現在は根津2丁目)が飛び出すように入り込んでいるため、池之端を歩いているつもりが、いつの間にか根津に居たり、その反対だったりといった調子です。そんなわけで、今日の写真は、根津の路地の写真になってしまいました。
この路地はかなり狭く見えますが、実は、僕が立っている位置も左右に伸びる路地で、そちらの路地は、この半分くらいの幅しかありません。この長屋にお住まいの方の話では、この路地は、周辺の住民が、根津駅へ抜けたり、近所にある銭湯・六竜鉱泉(本物の温泉)への往復に使うため、路地としては幹線。昔はひっきりなしに人が通っていたのだそうです。それを裏付けるように、お話を伺っている間にも、自転車や歩行者がちょくちょく通り抜けます。そして、その大半の人が、お話をしてくださった年配女性に挨拶をして行くんですね。
あれこれ話しているうちに、話題が白山上の小田原屋さんの惣菜という超ローカルネタになり、これが意外な盛り上がり。そして、向こうでも、中学(高校?)生らしき男の子が、自転車にまたがったまま、友人との話に熱中。あちらはあちらで盛り上がっているようです。路地って、長屋の庭でもあることを実感です。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

藪下道と豆腐売り

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この細い坂道は、藪下道と呼ばれ、江戸切絵図にも描かれている、古くからの尾根道です。明治の頃には、この坂の手前に漱石の家(猫の家)が、坂をのぼりきった所に鴎外の家(観潮楼)が在ったこともあり、荷風を含め、幾人もの文士が散策したことで知られる道です。
てなことを書いてますが、この写真を撮った時点では「これが藪下道だ」と意識していたわけではなく、「急な坂道だけど、雰囲気あるな〜」といった程度です。
坂をのぼって、団子坂にぶつかるまで歩いてみたかったのですが、時間がなく、坂の途中で引き返しました。すると、下のほうから豆腐屋さんのラッパの音が聞こえてきます。夕暮れの下町で聞く豆腐売りのラッパの音はまた格別です。と思っていると、ぱたりとその音が止み、横丁から、自転車を押して豆腐屋さんが現れました。彼は、この坂の下に出たところで、自転車から降り、呼吸を整えているところでした。
しばらくすると、彼は、荷台に積んだ箱に左手をかけ、右手にハンドルを握り、体を前傾させ、背中を丸めるような姿勢で、よいしょ!とばかりに、坂をのぼり始めました。荷台の箱には豆腐を浮かせる水も入っているのでしょうから、相当に重そうです。彼は、まったく姿勢を変えることなく、一歩一歩を踏みしめるようにして、ゆっくりとした一定の速度で坂をのぼっていきます。とてもラッパを吹く余裕などありません。
この風景も、もう、そう長くは見ることができないのではないか? そう思いながら、彼を見送るような気持ちで撮ったのが今日の写真です。

【場所】文京区千駄木2丁目あたりです。

千駄木の、表通りから100mほど奥まった辺りに、昔は商店街だったのかな?と思わせる通りがあります。今では、商店が点在するだけで、とても商店街と呼べる状態ではなく、むしろ「住宅地なのに妙に商店があるな〜」といった感じです。
その裏通りで、この戸田文具店に出会いました。この文具店は、ちょっとした駄菓子屋兼コンビニのような機能も果たしているようで、ローラースケートをはいた近所の子供がプラスチックカプセルに入ったオモチャを買ったり、洗面器を持った銭湯帰りの人や犬を散歩させる人が、自動販売機で缶コーヒーを買ったりする姿がけっこう目にとまります。
この文具店は、住宅地のなかに唐突にたっていますし、雰囲気が濃いので、見た途端に「絵がある」と感じるのですが、実は、これがかなりの難物で、どう撮ってみても、現地に立って見たときの興味深さが失われてしまいます。ま、力不足と言われれば、それまでなんですけどね(^^; 実際に、この文具店に近づいたり、逆に離れたり、角度を変えたりと、いろいろと工夫してみたのですが、ついに、現地で感じる「おおっ!」という感覚をそのまま写し撮ることはできませんでした。結局、この単純な構図の一枚に、どうやら、その「おっ」程度が、写っているようです。しかし、この単純な構図に行き着くまでが長かったのです、実は...。

【場所】文京区千駄木2丁目あたりです。
【追記】日常舟のRNさんからのアドバイスもあって、今日から、サムネールをちょっと大きくしてみました。RNさんがおっしゃりたいのは「ポップアップしなくても見える大きさで...」ってことなんでしょうが、とりあえず妥協案で(^^;

千駄木のネオ廃墟で

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またも千駄木のネオ廃墟ビルに行ってきました。今日は、このビルにお住まいの方ともお話する機会があり、このビルの素性について、若干うかがうことができました。
その方によれば、このビルは元々縫製工場だったのだそうです。が、近隣の方に「少なくとも30年間は、そうした工場として使われているのを見た覚えがない」というお話も聞きましたので、昭和29年(1954年)に縫製工場として建てられたものの、工場として稼働していたのは、長くても20年程度。その後は、アパートとして使われてきたということになります。しかし、それにしては手が入っていません。なにか理由ありなのでしょうが、詮索はしないことにします。
今日の写真は、2棟をつなぐ渡り廊下で撮ったものです。ドアは、ガラスが割れ落ちたらしく、フレームだけになっています。フレームの角に、わずかに、ガラスがはめ込まれていたことを示す欠片が残っていました。建物のなかに入ってみると、ますます、ここが千駄木の住宅地だということが信じられなくなります。

【場所】文京区千駄木2丁目あたりです。

千駄木のネオ廃墟

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今日も、千駄木の病院へ行ったついでに、昨日遭遇した相当廃墟な建物まで足を伸ばしました。今日は、建物の所有者にお会いし、敷地に入って撮らせいただけないか伺ってみると、「あ、いいよ」と二つ返事。そして、僕には興味もないといった感じで、スタスタとどこかへ歩いて行ってしまいました。あっけらかんとはこのこと。逆にびっくりです。なんと言いますか、下町のオヤジさんですね〜。
さて、そんなわけで、敷地のなかに入ってみてまたびっくり。こいつは予想以上に野ざらし状態です。もう一部は廃墟そのもの。しかし、間違いなく人の生活の匂いもぷんぷん。不忍通りからすぐという場所に、よくもこんな建物がこんな状態で残ったものだと、驚くと同時に妙に感心してしまいました。
写真は、2棟ある建物をつないでいる部分ですが、このアーチがなんとも古めかしい感じを醸し出していて、いい感じです。ここは、また機会があれば、しっかり撮っておきたい物件ですね。

【場所】文京区千駄木2丁目あたりです。
【余談】懸案だった「トラックバックの文字化け対策」ですが、やっと施しました。もう大丈夫なはずです(^^;

千駄木の廃墟風路地

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ここは日本医大病院から歩いて5分程度のところです。千駄木駅と根津駅のちょうど中間にあたるため、これまで、どちらの駅から歩きはじめても、到達する前に日暮れになり引き返していたため、散策エアポケットになっていました。
今回、孫娘が日本医大病院に入院したため、その様子を見に行っている間に、ちょっと抜け出し、付近を歩いてみました。すると、住宅地の真ん中で、廃墟か?といった迫力の古いモルタル2階建に遭遇。昭和29年に建てられたものだそうです。現在も使われているのですが、それにしては手が入っていません。それが、塀もなく、もろに生活路に面してるわけですから、初めてここを通りかかった者の目にはかなり異様に写ります。味(相当に強い)はありますけどね(^^;

【場所】文京区千駄木2丁目あたりです。
【追記】最初、この建物は、昭和22年に建造と書きましたが、所有者に伺ったところ、昭和29年の建造であることが判明しました。

龍泉寺近くの裏通り

ここは何処?と聞かれたら、どう答えてよいのか迷います。この辺りにお住まいの方なら、どうにか説明もできるのでしょうが、質問した相手がこの辺りに疎い人だったら、その説明も通じないのでは?と思うほど、説明がしにくい場所です。住所表記で言えば、僕は谷中5丁目の11番に立って、9番方向を撮っていることになります。
この先は、行き止まり。電柱の立っている所のT字路を右に折れてすこし下ると、やはり行き止まり。その先は崖になっていて、崖下は墓地です。崖のうえからは、墓地の向こうに谷中の町と不忍通り沿いに建つマンション群を見渡すことができます。
実に平凡な写真ですが、なんとなく、撮った本人は気に入っています。この写真がそうだというわけではありませんが、目をひかず、気をひく写真って、実は、なかなか撮れません。

【場所】台東区谷中5丁目あたりです。

いつの間にか、ひと昔前の地層から湧き出たように、青空洋品店が生まれていた。
今日(27日のこと)、通りかかるまで、まったく気づかなかった。気づいた途端に、磁力の弱まった磁石で引きつけられるように、穏やかにその場に足が止まった。そんな不思議な魅力をもつ洋品店が谷中にあった。
服飾デザイナーというよりも洋裁人や裁縫人とでも呼びたくなるような、若く神秘的な笑みを湛えた女性が主人だった。彼女は、誰をも受け入れてくれる鷹揚な雰囲気を持っている。しかし、凍結する寸前の水のようにヒヤリとした、誰をも寄せ付けない領域を持っていることも分かる。
60年代の終わりから70年代の初めにかけて、和洋を折衷する感覚がもてはやされた時期があった。それは、いわば和洋を衝突させて違和感を押し出すものが多かった。青空洋品店の服や小物には、和洋が同居している。いや、和洋という軸だけでは語れない様々な感覚が同居している。そこには、違和感がまったくない。この裁縫人には「境」という意識が希薄なのだろう。それらを大きく覆う青空しか意識にないのだろうと思う。洋品を拵える原石を見た。そんな気がする。
ついでだけれど、青空洋品店の定休日は月曜日と第一火曜日、そして、雨の木曜日。

【場所】台東区谷中2丁目あたりです。

夕刻の根津の裏通り

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この写真は、今月の中頃に撮ったものですが、普段の根津の裏通りが、普通に写っているような気がして、自分としては、気に入っている一枚です。
目立つ建物などがある場所には、すぐに目が行き、写真散歩をする者なら、誰でもレンズを向けますが、こういった、何の特徴も目印もない場所には、なかなかレンズを向けることがありません。ですが、季節や天候、時刻などの条件が整ったときに、そんな平凡な場所に、わずかな艶のようなものが漂うことがあります。そのわずかな違いが、撮った写真をハードディスクに移し、ブラウズした時に、ゴミ箱に運ぶカットと、何度も繰り返しダブルクリックしてみるカットの違いを生み出すようです。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

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