(谷中) 根津 千駄木の最近のブログ記事

谷中・澤の屋旅館

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asahi.comの記事を読んだ友人から、「旅行者だらけの旅館には興味ないが、この下町にあるという旅館は良さそうだ。どうだろうか?」という内容のメールが届いた。
澤の屋さんの前は何度も通っているし、評判がとても良いことは知っていたが、なかに入ったことはなかった。そこで、返事を書く前に、彼の代わりに、実際に訪ねてみることにした。
ドアを開くと、チャイムが鳴り、すぐに若旦那が応対に出てきてくださった。が、ちょうど旅行社の方と商談中のようだったので、しばらく待たせていただくことにした。

鷹匠の暖簾をくぐる

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根津の蕎麦屋「鷹匠(たかじょう)」の暖簾を初めてくぐってみました。以前から気になっていた蕎麦屋さん(さん付けが似合わない毅然とした感覚あり)なんですが、写真を撮りながら歩いていると、食事に費やす時間がもったいなく感じられ、ついつい素通りしていました。しかし、その佇まいには惹かれていましたし、地元での評判も高く、一度は...と思いつづけていたのでした。
この蕎麦屋の特徴は、繰り返しになりますが、なんといってもその佇まいです。通りに面した門の表札から暖簾、品書き、丸竹の垣、玄関の暖簾、引き戸、小窓、板の間(床暖房入り)と座布団、一枚板の低く広いテーブル。見るものが多く、蕎麦を注文するまでに、随分と時間をくってしまいます。

根津観音通り

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今日も良いお天気でした。寒かったけれど...。いつものように湯島を抜けて、根津に行ってきました。これまた、いつものように、根津に着いたのはもう午後もかなり遅い時間です。不忍通りから1本奥に入った道を、不忍通りと並行にしばらく歩いていると、前方の四つ角にある「あんぱちや」というお店の看板が、西日の直射を受け、直視できないほどに輝いています。四つ角に立ってみると、ほぼ東西に一直線に伸びる根津観音通りの入口に太陽があり、通りの出口に向かって真っ直ぐに照らしています。
細い路地から太陽を見ると、両手で目のまわりに筒をつくって見るのと同じ効果を生むのでしょうか、ものすごく眩しく感じます。そして、反対を見ると、やはり筒を通して見ているように、こんどは、風景がものすごくクリアに見えます。
細い道に自分の影が、細長くずっと向こうまで伸びているのを見ると、影踏みをして遊んだ、遠い昔にタイムスリップしそうです。しかも、背景が、それには打ってつけの町、根津です。
左の写真は、観音通りを不忍通り側から谷中方面に向かって見たとことです。ベビーカーを押す若いママさんも眩しそう。右の写真は、その反対。前方に見えるのは、不忍通りに沿って建つマンションです。右のお店が「あんぱちや」さん。「あんぱちや」さんについては、またいずれ...。愉快なお店です(^^;

【場所】文京区根津2丁目あたりです。
【余談】2枚の写真をHDにコピーして、左右に並べてご覧いただくと、遠近感が強調されて、結構面白いと思います。

根津の長屋裏で

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ここは、根津の藍染通りに面した長屋の裏手の空間です。もう大家さんが再開発する気なのか、空いたまま放置されている家も二三あります。表から見ても分かりませんが、裏にまわって見ると、二階の屋根などはとうに崩れ落ち、その屋根を支えていた柱もじきに倒れるのではないか、という程傷みが激しい一画もあります。しかし、長屋であるため、その部分だけを解体撤去(そういうケースも多々目にしますが)というのもなかなか問題が多いのか、そのまま放置されています。完全に廃屋状態です。しかし、そういう部分を除けば、いまでも人が住んでいます。したがって、そこには、廃屋となった家の路地と現役の路地とが交錯したような不思議な空間が出来上がっています。それに加えて、ここは袋小路であるため、数少ない住人以外に通行人はなく、空間によどみのようなものさえ感じます。
ここに住もうとは決して思いません。が、強力な磁力のようなもので惹きつけられます。単なる好奇心や怖いもの見たさなのかもしれません。でも、それだけではありません。この空間に居ると、郊外の林のなかに居るような感覚にとらわれることがあるんです。不思議な空間です。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

七面坂とジャズマン

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今日は昨日とはうって変わって風が冷たかったですね〜。が、寒さにもめげず、今日も根津・谷中あたりを歩いてきました。いつもの事ですが、家を出るのが遅く、谷中ぎんざを見下ろす辺りまで歩いた頃には、もう日没の時刻でした。
谷中の町並をシルエットにしてサンセットでも撮ろうかな?と思い、七面坂の途中にある駐車場に向かいました。すると、太陽が沈むのとは反対の方向の空が、くすんだ淡いピンクとブルーに染まっています。これは渋いと感じ、サンセットを諦め、テクテクと七面坂をのぼり始めました。坂の上に近づくと、前景の坂と、点灯しはじめた街路灯やネオンサインなどが絡み、なんだか谷中とは思えない雰囲気が出来上がっています。イケる!と思い、カメラを構えました。が、何かものたりません。
と、その時です。我が眼を疑いましたが、突然、サックスやトロンボーンか?とおぼしきケースを抱えたジャズマンのシルエットが出現です。しめた!と思いましたが、そのジャズマンが親切な人だったのが仇。彼は軽快なステップで、僕の邪魔にならないよう、脇によけてくれたのです。バカヤロ〜!ロクデナシ〜!オレの狙いが解らんのか〜(^^;って感じです。も〜残念無念。ま、本当はサンキュー、マン!なんですけどね(^^;
てなわけで、そのショットは不発に終わってしまいました。が、下町谷中は七面坂、そこにこのイナセなジャズマン。こんな取り合わせなんて、滅多にお目にかかれるもんじゃありません。そっと、気づかれながら(^^;後を追いかけ、撮ってやりましたよ、コンチキショーめ(^^; それが今日の写真です。やはり、後ろ姿にもリズムがあり唄ってますよね〜。完全に風景を変える力がありますね。穏和で優しそうな、雰囲気のある人でした。羨ましい限りです。

【場所】台東区谷中5丁目あたりです。

根津のなかよし文庫

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根津の旧藍染町に、昭和の中頃から町の子供達に愛されつづけた「なかよし文庫」という貸本屋さんがあります。しかし、子供たちの興味がゲームなどに移ったことなども原因して、残念なことに、2年ほど前に長期休業を告げる紙がガラス戸に貼られ、ファンを残念がらせたという経緯があります。貼り紙を読むかぎり、完全に閉店とは書いてありません。が、いつ通りかかっても、カーテンが引かれ、ガラス戸も固く閉じたままでした。
昨日の夕方、その前を通りかかると、なかに灯りがついていています。しかも、ウインドウには、お正月の飾りつけまでしてあります。あれ?と思いながらも通り過ぎたのですが、その後も気になり、今日、再び行ってみました。が、やはりガラス戸は閉じたままでした。
「開いてるわけないよな」と妙な納得をし、その裏手の壊れかけた長屋を撮っていました。すると小柄な年配の婦人が現れ、「そこ撮ってるの?」と声がかかりました。これ幸いとばかりに、その婦人に、長屋の素性をうかがうと、とても良くご存じで、すらすらと答えが返ってきます。それもその筈、なんとその婦人はなかよし文庫のご店主だったのです。

根津ブルー

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やっとお正月の根津を歩いてみました。もう時間が遅かったせいもあってか、新年を感じさせるような人の姿もなく、ほとんどのお店が休んでいることもあって、静かなものでした。もう三日ということも影響しているのかもしれませんね。やはり、元旦の根津神社周辺を見ずに根津の正月は語れないのかもしれません。また来年です。気の長い話ですが...。ま、2年連続「大凶」を引き当て、さらに1年待って「吉」引いた人もいることですしね(^^;
ということで、今日はお正月とは関係のない写真になってしまいました。左は藍染大通りに面して建つ長屋町屋で、この向かい側に建っている出桁造りのお茶屋さんの話では、「相当に古い」とういことです。確かに相当古そうですよね(^^; 僕の記憶が正しければ、震災の時の揺れを憶えているという、そのお茶屋さんのお婆さんが、「お向かいの長屋も震災・戦災を免れた」と話してくださったように思います。
右の写真は、上海楼を囲っているシートです。よくあるブルーやグリーンではなく、真っ白なシートで覆われているため、この一画が昼間以上に目につき、ある種のアート感覚を感じさせます。ここは、上海楼・根津教会・長屋・米屋と、その並びにエキゾチックな雰囲気があり、お気に入りだったんですけどね〜。なかでは何が行われているのでしょうか? 建設計画書などは見あたりませんでしたが、もし取り壊しだったら、ちょっとブルーですね。

【場所】文京区根津2丁目 / 1丁目あたりです。
【余談】右の写真を撮った時のシャッター速度は、手持ち1/3秒なんですが、ぴたりと止まってますでしょう。手ブレ補正レンズって本当にすごい効果がありますね。もちろん、手ブレの名手(^^;ですから、全カットが止まっているわけではありません。

根津の火気厳禁路地

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ここは根津1丁目交差点のすぐ近くにある路地です。きわめて幅が狭く袋小路になっているため、一般の人はまず通りません。
ちょうど宮の湯という銭湯の裏手にあたり、ここにはボイラーや燃料などが置かれているようです。火気厳禁の大きなサインが掲げてあります。ちょっと物騒ですが、その赤いサインがグリーンのトタンに映え、一目見るなり気に入ってしまい、火気厳禁路地と勝手に名付けてしまいました。タンクを運んだりするために使われるキャリアの車輪がちょこっと覗いているのもご愛敬です。
すぐ先に見えるのは、不忍通りに面した商店の勝手口側になります。火気厳禁のサインがこんなに近くにあるってのは、ちょっと怖い感じもしますが、住んでる人達はもう慣れっこなんでしょうね。余談ですが、ここには昔の長屋の名残である外置きの流し台も残っていました。もう使われてはいないようですが...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

谷中の秋風景

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谷中は昔からの寺町だったせいか、所々に開けた空間があります。その多くはお寺の境内ですが、この写真のように、お寺の保有する地所には違いないでしょうが、境内とは呼べない微妙な空間があります。お寺が経営する長屋を何棟かそっくり取り壊した跡とでも言われると納得できるほどの空間です。この区画の一部には、不自然なかたちで、まだ民家が残ってもいます。
この空間は、道の向こう側[写真では右手]は根津という位置にあります。町全体が長屋のような根津にあっては貴重な開けた場所です。まわりが立て込んでいるだけに、ここに来ると、ひとしきり広さを感じます。昨日通りかかったときに撮った写真ですが、例年なら、この時期には枝だけになっているはずのケヤキに、まだすこしだけ、黄色くなった葉が残っていました。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

朽ちた黄色い自転車

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根津の八重垣町や片町あたりの家は、今でもほとんどが二階家です。建物密度は高く、隙間という隙間に建物が建っています。路地を除き、町全体がひとつの長屋か?と思うほどの密集ぶりです。空き地など殆ど目にしません。ま、そもそも江戸の頃から密集して造られた町のようですが...。
この場所は、正確には位置を憶えていないのですが、くねくねと路地を入り込んだところで目にした、数少ない空き地です。隣りと壁を共有していたか、接していたことを示すトタン板には錆の兆候すらないのに、もう植物は勢いをつけ、ちょっとした藪になっています。僕が通りかかったときは、ちょうど草が刈られた後で、藪の背丈はさほど高くはありませんでした。が、それも夏前のことです。草や竹は、いちど勢力をつけると手に負えません。このとき見えていた黄色い自転車は、もう緑の懐のなかに飲み込まれているんでしょうね。もしくは、すでに新建材を使った家でも建っているのでしょうか? もうずいぶん長い間、根津を歩いていません。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

2両連結の長屋

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スリムでしょ、この長屋。谷中にあります。蛍坂[良い名前ですね〜]の近くで、六阿弥陀道からほんのちょっと入ったところに建ってます。もう誰も住んではいないようですが、荒れた様子はなく、というより、むしろきちんと手入れされているような感じがします。反対方向からの写真をご覧いただくと、その様子がお分かりいただけると思います。しかし、幅約一間程度でびゅーんと伸びた、文字通り鰻の寝床。それでも窓があり、玄関があるわけですから、住まいだったことは間違いありません。かな? 近くで遊んでいた小学生くらいの男の子に、この長屋に誰か住んでいたのか聞いてみましたが、さすがに「知らない」という答えが返ってきました。ま、そうでしょうね。それにしても、この長屋、ちょっと遊園地の電車か何かに見えませんか? 右側に見える路地が実は線路で、夜になるとすっと移動して、ガタゴトと動きはじめそうです。
ところで、まったくの余録ですが、なかほどに見える電柱にこんな貼り紙がしてありました。

【場所】台東区谷中5丁目あたりです。

john.jpghttp://www.mitsukoshi.co.jp/john_lennon/

植物の棲み家

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三崎坂をのぼる途中で右に折れると、すぐに谷中一丁目と池之端三丁目の境があります。その境をこえてすぐの所に、無人になったアパートが残っています。放置された状態で、プラスチックの塀から夾竹桃などがあふれ、壁には蔦が勢いよく這い上がっています。
今日の写真は、その無人アパートの側面に付いている鉄の外階段の脇で撮ったものです。アパート全体の写真を撮ったのは今年の夏頃ですが、当時は、まだ蔦がいまほど勢力を伸ばしていませんでした。ところが、先月末、久しぶりに同じ場所を通ってみると、蔦が窓から部屋のなかに侵入し、それがガラス越しに見えています。しかも、青々として元気な様子です。ガラスは割れていませんでしたから、どこか隙間を探して侵入したのでしょう。もう、窓を覆い尽くすのも時間の問題のようです。その一方で、手前にある、鉄製の手すりの錆は濃さを増したような気がします。
怖いような植物とガラスのような鉄柵が同居したこの窓辺が僕は気に入っています。でも、いつまでこの光景を見ることができるのか...。多くの場合、そう長くは見つづけさせてくれません。特に安普請のアパートであれば、人の手が入るのもまた、時間の問題のような気がします。

【場所】台東区池之端3丁目[気分的には谷中]あたりです。

根津の総菜店

このお店は、根津の1丁目と2丁目を分ける不忍通りから、1本谷中のほうへ入った通りにあります。いわゆるお総菜屋さんです。夕刻になると、店先に棚を出し、そこに、根津の家庭の食卓に並ぶ総菜があれこれと並べられます。レジも外に出ています。
僕は、食に関してはあまり興味がなく、「無理にまずい物を食べたくはない」程度ですから、棚のうえにどんな料理が並んでいるのか、その値段がいくらなのか、といったことは気にもしませんでした。今頃になって、あ、見ておくんだったな、と思うくらいで...。
ただ、わずかな時間でしたが、ちょっと離れた場所から様子を見ていると、結構な数の買い物客が、店主と短い会話を交わしながら、総菜を買っていきます。きっと味が良いんでしょうね。でも、最近は、デパートの地下やスーパー、コンビニあたりでも、そこそこ美味しい総菜を売っていますから、こういった町の総菜屋さんは大変だろうな〜と想像します。
昔話ですが、あるホテルのシェフが自らチャーハンを作ってくれたことがあります。僕が「やはりインスタントとは全然違って美味しい」と言うと、そのシェフが「馬鹿言っちゃいけない。これはクックが作ったものだけど、あっち(インスタント)は科学者が作ったもんだからな」と...。名言なりですね。このシェフばりに言えば、デパ地下などで売っている総菜は、工場で"科学者が調合"した料理と思っても間違いじゃなさそうです。
しかし、この総菜屋さんは、この店内で調理したものを直接売るわけですから、いかにも手作り。ほぼ家庭料理です。きっと昔からの根津の味がするんでしょうね。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

谷中のアーケード横丁

谷中銀座を抜けて「夕焼けだんだん」なる階段をのぼり、日暮里駅に向ってすこし歩き、右折して朝倉彫塑館に通ずる道に入ると、そのすぐ左手に「初音小路」という小さな看板を掲げた横丁があります。そこは、路地に高い天井を取り付けたアーケードのようなところで、なかには想像する以上の数の飲食店が連なっていて、その看板がちりばめるように掲げられています。いわゆる歓楽街を思わせる造りになっているのですが、一般的な歓楽街とは尺度が異なるため、一瞬、ミニチュアでは? と錯覚を起こしそうな雰囲気です。こじんまりとした実に不思議な空間で、酔った浦島太郎が千鳥足で歩いていそうです(古い表現ですね〜(^^;) しかも、ここは袋小路ではなく、奥から細い路地づたいに向こう側に抜けられるようになっています。その先にはごく普通の民家が並んでいます。
ここを歩くと、よく猫に出会います。どこかで誰かが「ここは猫小路じゃ〜」と書いていたのを目にしたことがあるほどです。その訳は、このなかの或るお店のご主人にあります。その方は無類の猫好きで、なんとお店のなかで十二、三匹もの猫を飼っているのです。お店のなかは決して広くありませんので、カウンターの上も下もありません。そこらじゅう猫だらけ。が、世の中よくしたもので、その猫目当てに来るお客さんが、これまた多いのだそうです。
また、ここには、(今日の写真には写っていませんが)煎餅屋さんがあり、その存在がこの横丁によりいっそうの下町の町並感や生活感を生み出しているように感じます。さらに、昔はここに、なんと古書店まであったんですよ。
ここは、一種の飲食街とはいえ、見た目にも感覚的にも、他所とは雰囲気がかなり異なります。ここは谷中の長屋で、そこに住む(実際に住んでいるわけではないが)ご主人を自宅に訪ね、ご主人のもてなしを受ける、という感覚の場所のようです。そういった下町の家族的なもてなしが、ここに人を集わせ、この小さな横丁を支えつづけているのではないかと思います。ひと味もふた味も違うこの初音小宇宙、大きな変化が起こらないうちに、いちど訪れてみてはいかがでしょう?

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。

谷中の猫の里親探し

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この路地を進むと谷中墓地に突き当たります。この路地は、歩いているだけで、気持ちが和みます。原因は、その道幅と、両側に列なる家々の大きさ、のバランスにあるのではないか?と思っています。ここは、当然クルマは通れません。が、人がすれ違うには十分な道幅です。大きな建物による威圧感もありません。そしてどこを見ても適度に有機的です。そうした要素の積み重ねが、人に安全であることを感じさせ、そこから安堵感のようなものが生まれるのではないか?と思います。
ま、それはともかく、今日は、この写真の右隅にいる猫の話です。この真っ白な猫ですが、もう高齢なのか、家の前にじっとうずくまっているだけで、動こうとしません。優しそうな目をした猫です。人間や犬に対しても警戒心がないところを見ると、可愛がられていることは間違いありません。が、この猫のうえのほうに目をやると、下見張りに貼り紙してあるのです。そこには「飼い主が高齢で面倒を見きれなくなったため、里親を探している」という内容が書かれています。それを読んだ途端に、長年連れ添った老婦人と老猫との別れのシーンが頭に浮かび、ちょっとセンチメンタルな気分になってしまいました。でも、高齢になった僕の両親のことや、歳をとって病院通いを繰り返した犬のことなどを思うと、これは無理もないことです。介護が必要な身で、老猫の介護などできるものではありません。老婦人の老猫に対する最後の愛情が、この貼り紙になって表れたんですね。良い里親が見つかることを祈ります。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。
【追記】これは今日のことですから、まだ里親は見つかっていません。このポストをご覧の方で、里親希望の方いらっしゃいませんか?

谷中墓地のトトロな花屋

花重と書いて「はなじゅう」と読むそうです。初めて見たときは「はなしげ」と読むのかな?と思いましたが...。この花屋さんですが、谷中(上野桜木側)から谷中墓地に向かうと、その入口近くの左側にたっています。
広くのびのびとした印象のある瓦屋根と、その間に巡らされた柵に取り付けられた「花」と「重」の白い二文字が、微かな違和感を残しながら、互いをうまく引き立て合っています。このバランスはかなり微妙ですが、その「ひっかかり具合」が絶妙で、とにかく見飽きません。単に真正面から撮るだけで、絵本の一頁にでもなってしまいそうです。屋根裏で真っ黒なやつ(何て名前でしたっけね?)が駆け回っていたり、右隣りには大きな木が生えていているのですが、その下にボーッとした顔でトトロが立っていたりしても不思議ではないような、そんな雰囲気があります。
墓地のそばの花屋さんなので、お墓に供える花が中心かと思いきや、決してそればかりではなく、むしろ洋花やフラワーアレンジなどを得意としているそうです。お洒落なんですよ、実は。谷中あたりには、花重さん以外にも日本家屋の花屋さんはありますが、こちらほど店先に洋花の鉢が並んでいるところはないように思います。実はこれも「ひっかかり感」を生むのにひと役かっているのでしょうね。この花重さん、創業は明治三年だそうです。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。
【追記】花重さんのホームページはこちらです。

根津の表具屋

この写真は、根津神社の表門側の通りに面してたっている表具屋さんのガラス戸の一部を切り取ったものです。こちらも、もう営業はなさっていないようです。僕が通りかかったかぎり、このガラス戸やカーテンが開いていたことはありません。
表に看板などは無く、4枚のガラス戸にそれぞれ、筆で漢字二文字が描かれた和紙が貼られているだけです。簡単なことなのですが、古い家屋との相乗効果で、これが実に古典的かつモダン。圧倒的な存在感があり、通るたびに唸らされます。ここだけは時代を超越しています。ガラス戸の内側にかかっている生成のカーテンについた茶色い染みも、こうなるとデザインの一部です。まるで「染みになるのも計算のうち」といった感じです。
いちばん左側のガラス戸の「武田」の脇に、小さく「御入口」と書いた紙片が貼られています。いつか、そのガラス戸を開き、ご主人にお話を伺いたいものだと思っています。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。

ダウンタウン トタンアート 2

今日はダウンタウン トタンアートの第2弾です。千駄木2丁目交差点の角地に、すでに営業を終えたモルタル看板建築が2軒並んでたっています。そのうちの1軒は、元青果店だったようですが、もう1軒のほうは、いったいどういう業種だったのかすら分かりません。その業種不明の建物の側面を撮ったのが今日の写真です。どうでしょうか。これだけ鮮やかなグリーン(エメラルド色(^^;)に発色しているトタン塗装は、なかなか目にできるもんじゃありません。塗装はすべて、年月が経てば色褪せて、薄く地味になるものとばかり思っていました(錆と混じった場合は例外)が、時には、こうしてかなり鮮やかな色合いになることもあるんですね。どうもダウンタウン・トタンアートからは離れられません。これはシリーズ化しちゃいそうです(^^;

【場所】文京区根津1丁目あたりです。
【追記】ダウンタウン トタンアートの第1弾です。

善光寺坂の看板仮面

この建物は言問通り沿いにたっています。根津1丁目交差点(不忍通りと言問通りの交差点)から、谷中方向にすこし入ったところです。ちょうど左右に空間があるため、そうでなくても目立つ存在が、ことさら目立つ状況になっています。ここを通りかかって、この建物に目を奪われない人はまず居ないでしょう。正面から見たときの迫力・重厚感には格別のものがあります。

おそらく、大正末期から昭和初期にかけて建てられたものと思われます。現在は、外観と看板からわかるように、ほぼ営業を終えた電気店ですが、もともとは米屋さんだったのだそうです。それをいまの所有者が買い取り、ここに電気店を開業なさったということです。

それしても、普通は神社などでしか見られない、カーブした庇のような飾りが付けられ、表面の銅板の細工も細やかで、とても立派な看板建築です。本来は、その地の部分をプラスチックの看板で覆ってしまうのは勿体ない話ですが、そのプラスチック看板も経年変化で相当に退色・劣化し、おおいに味が出ているため、いまとなっては結果オーライです。

しかしこの建物、有機的というのかロボット的というのか、なにか生命体っぽいものを感じてしまいます。雷様でも住んでらっしゃるのでしょうか(^^;

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

ひっそりと大給坂

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本郷台地のある文京区は、ほんとうに坂が多いところです。この坂は旧駒込坂下町から旧駒込林町の高台に抜けています (現在は、坂下町も林町も千駄木3丁目)。団子坂と道坂の間にあり、細く、かなり急な坂で、大給坂(おぎゅうざか)と呼ばれています。が、普段は、特に目につく坂ではありません。
日暮里から谷中銀座を抜け、古書店に立ち寄った後、不忍通りを千駄木の駅に向かって歩いていました。もうすっかり暗くなっていたので、足は完全に家に向いていました。が、シルエットになって見える、通りの反対側の家々の間から、時々、三日月が見えます。それが気になって、きょろきょろと通りの反対側に目をやりながら歩いていました。そうしているうちに、ふと気になったのがこの坂道でした。鋭角的なV字に切り抜かれた夕空を、電柱と縦横に張りめぐらされた電線が埋めつくしています。そこだけを見ると、なんだか子供の頃に眺めていたのと同じ空です。コンクリート製の電柱も、シルエットになってしまえば、昔の木製の電柱のイメージに近づき、下町風情を醸し出すのにひと役かっています。結局、ここで道草決定です。通りを横切り、「もう少しサンセットがきれいだったらな〜」などと思いながらも、坂をすこしだけ上ったところでカメラを構えました。この坂の上には、昔、高村光太郎のアトリエがあったということです。

【場所】文京区千駄木3丁目あたりです。

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