音羽 関口 目白台の最近のブログ記事

檻中植物

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恒例のバッテリーあがり予防ドライブをしてきました。車を走らせたい気分でもないのに、とにかく義務感で車を走行させる...といのは、なんとも面倒でしかたありませんが、そうそうJAFさんのお世話になるわけにもいきませんので、黙々と、目的もなく近所を走りまわることになります。
そんなとき、つい行ってしまうのでが目白台あたりです。道路が広く、パーキングメーターが数多く設置されているため、車を停めやすいのがその理由です。本来は、駐車などせず、走りつづけるべきなのですが、多少は楽しみも絡めないとやってられません(^^; そんなわけで、目白台から坂をくだり、高田あたりまで歩く機会を得た...というわけです。
その坂道の途中で目にしたのが、今日の写真に写っている図です。部分的に切り取っていますので、ちょっと分かり難いかもしれませんが、この金網(と言ってもかなり丈夫)は、歩道を通る排水溝のうえに、転落防止のために設置されているものです。
そのなかに、こうして、雑草が育っていました。「こんな虐げられた場所に...」と、可哀想に思いましたが、考えてみれば、この環境だからこそ、雑草が生きのびることができるんですね。なんとも皮肉なことに...。ふと、メーテルリンクの「青い鳥」を思い浮かべてしまいました。

【場所】文京区目白台1丁目あたりです。

日無坂で

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目白台にある「月の湯」が、今年いっぱいで営業を止めるという知らせを小道さんからいただきましたので、最後に営業中の姿を見ておこうと思い、現地へ行ってきました。が、なんと今日は、休業とのこと...。アリャリャでした(^^; そんな同好の士がもうひとりいらっしゃいましたが...。そして、好きな人っているものです。偶然にも、同じパターンに陥って、近所のカフェで談笑していた人のなかに、なんとスリバチ学会員の姿が...。いや〜笑ってしまいます。
ところで、現地でお会いした方々は、皆さん、入浴の予定でしたが、僕はその積もりはありませんでしたので、皆さんが銭湯から出てくるまでの間(休業とは思っていなかったので...)、時間調整も兼ねて、すぐ近くの日無坂に居ました。なにしろ、寒い日でしたが、それだけに、澄んだ夜空を見ることができそうだ...と踏んでのことです。日無坂と言えば、以前のエントリー「日無坂の家」に、「昔、その家に住んでいた...」というコメントをお寄せくださった方、大川さんが思い出されます。それだけで、なんとなく、日無坂に建つ家が、前回とは違って見えるから不思議です。なんだか身近に見えるんですね〜。
ところで、日無坂、今日も、スキッとした、胸のすくような風景が広がっていました。

【場所】文京区目白台1丁目と豊島区高田1丁目の間です。

目白台の病院跡

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目白台にある東大付属病院の分院です。実際には「分院だったところです」と、過去形で言わなくてはなりません。この分院は、本郷の東大病院本院と統合されたことから、2001年6月22日で診療を打ち切り、その後、閉鎖されたようです。それから、もう4年半にもなるんですね。
実は、こんな場所に東大分院があるとは知りませんでした。まわりは閑静な住宅地です。そこに、相当に敷地の広い病院、けっして医院などというスケールではなく、れっきとした病院があるというのは、ちょっと意表をつかれる感じです。しかも、住宅地と病院の敷地との間に高低差はなく、境となる塀もさほど高くありません。背伸びをすれが、なかの様子が見えてしまう程度です。
そんなわけで、周囲を歩きながら、背伸びをし、塀越しに撮ったのが今日の写真です。もう4年半も放置(草などの状況から、多少の人手は入っているのか?)されているわけですが、細い道1本隔てたところまで、人の生活の匂いが寄せて来ているからか、さほど廃墟という匂いがしません。凄い経年変化だな〜という程度です。なんとなく、米軍基地内の朽ちた木造住宅にも似た雰囲気を感じさせました。ここは、敷地内に入って撮っておきたいですね〜。

【場所】文京区目白台3丁目あたりです。

この辺りの住所表記は目白台です。そして実際に目白台(台地)の崖縁にあたります [「東京の凸凹地図」をお持ちの方は92頁の陰影図参照(^^;]。昔、崖下を流れていた弦巻川が、神田川に注ぐ手前で、ほぼ直角に曲がっている箇所がありますが、その崖上に腰掛稲荷と呼ばれる神社があります。
文京区のサイトによれば、『三代将軍徳川家光公鷹狩りの折この地にご休息され、切株に腰を掛けられ、傍の小祠を拝して立ち去られた。(略)』という由来をもつ神社だそうです。
その神社の境内から撮ったのが今日の写真です。「ふぬ、鷹狩りか...」という風景ですね。家光公がここで休息した頃は、眼下に川が流れ、左手には雑司ヶ谷、中央から右手にかけて小石川(現・大塚)や巣鴨あたりが見渡せたに違いありません。
が、現在ではこの有様です。右に見えるのは首都高速道路㈱の建物です。こうして、ビルが路面から突然立ち上がっている図というのは異様な感じがします。そのすぐ向こうには首都高速5号線が通っています。その高速道路の下にちょっとだけ見えているのが不忍通りです。そして、高速道路の向こう、屋上にドームが見えるのが日大豊山高校の建物(校舎って感じはしないので...)です。
なんとも、洒落にもならない風景ですね。ま、これは「東京の凸凹地図」発売記念エントリー(^^;ということで...。

【場所】文京区目白台3丁目あたりです。

日無坂の家

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これは昨日撮った写真です。目白通りから神田川に向かって下る崖(斜面)に、途中で二手に分岐する坂道が通っています。坂上から、その分岐点を見ると、こんな感じです。右側の坂道は富士見坂と呼ばれ、明治以後に通されたようですが、左側の日無坂は、江戸切絵図にも記載されている、古くからの坂道です。
その分岐点に建つこの家の先端は、信じられないほど鋭角になっていて、まずそこに目を奪われます。まるで舟の舳先を見ているようです。その舳先をかすめるようにして日無坂に入ると、人がやっとすれ違えるほどの細い急な坂道が待っています。途中で階段になっていますが、その辺りまで降りると、街灯の支柱と右側の建物が作る長方形のフレームのなかに高層ビルが収まり、それはそれで風情があります。昨日は、空が澄んでいて、遠くに、新宿のビル群がくっきりとシルエットになって見えていました。
その日無坂に入ってすぐ左手に、こじんまりとした空き地があります。そこに立つと、分岐点に建つ家の全景を見ることができます。今日の写真は、その空き地から撮ったものです。久しぶりに見る、サンセット後の群青色の空にシルエットになって浮かぶ家。しかもここは日置坂。情緒がありました。気分が和みます。

【場所】文京区目白台1丁目と豊島区高田1丁目の間です。

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