本郷 湯島の最近のブログ記事

下町の火鉢と消火器

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下町を歩くとよく見かけるのが、家の外に置かれた火鉢です。スペースが限られた長屋などで使われていたせいか、一人用の火鉢よりひとまわりほど大きいサイズのものが多いようです。暖房が発達して不要になり、邪魔物扱いされるようになってしまったんですね。その火鉢ですが、植木鉢として利用されているケースが多く、これは本当にあちこちで見かけます。次が金魚鉢。水をはり、水草を浮かべ、そのなかに金魚やめだかを泳がせてあります。これはなかなか風流です。なかには、猫に金魚を食べられないように、金網を載せてあるものもあります。でも、こうして使ってもらえる火鉢ばかりではありません。この写真はうちのすぐ近くで撮ったものですが、藍で模様を描いた良い火鉢です。こんなのがポイと捨てるようにして置いてあります。趣味のある人や欧米人だったら、大喜びでもらっていくでしょうね。
そして、火鉢が沢山あった下町路地に欠かせないのが消火器です。多くの路地は狭く、消防車が入れません。そこで、方々に消火器が置かれることになります。ですから、この写真の消火器のほうは捨てられているわけではありません。
しかし、この火鉢、家のなかで火種にこそなっても、まさか家の外で消火器の台になろうとは、夢にも思わなかったでしょうね。

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。
【追記】最近では、実は、建て替えも進んでいるせいか、大型の消火栓も多く目にするようになりました。

本郷通りのシャトー

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本郷通り沿い(本郷三丁目駅周辺)の建物は、多くが10階建て前後のビルに建て替えられていますが、ここにひとつ昔の姿で頑張っているビルがあります。関東大震災後に建てられたもので、エチソウビルという名称がついています。所有者であった越前屋惣兵衛という人の名からその名称がつけられたそうです。
こうして、すこし離れたところから見ると、なかなか洒落た良いデザインですよね。しかし、ビル沿いの歩道を歩いていると、1階がごちゃごちゃとした大衆飲食店になっていて、その簡易な看板がビルを覆い隠しているため、目が上方に届かず、このビルの存在に意外と気づきません。使われ方としてはちょっと勿体ないな〜と、見るたびに思います。本体がかなりイケてるのに、湯島のヴィクトリアンハウスと似たりよったりの使われ方で、ちょっと情けないです。ま、取り壊されるより良いか?と諦める今日この頃です(^^;

【場所】文京区本郷2丁目あたりです。
【追記】エチソウビルを斜め正面から見るとこんな感じです。

今年は樋口一葉がちょっとしたブームのようです。特に今月は、ブームの火種となった感のある新五千円札が発行されたり、展示会や講演会、一葉忌などの記念行事が予定されていたりと、かなり賑やかです。そんな勢いに押されてか、このところ、一葉ゆかりの地・菊坂がなんとなく気になります。が、ほぼ地元に近い隣町の住人としては、いわゆる文学散策のコースでもあり、ネットに写真が氾濫している、一葉が使用した井戸や一葉が通った伊勢屋質店の写真は避けたいところです。とはいえ、そこには、やはり古い時代の匂いが残っていて、惹きつけられるものがあります。じゃ撮ればよいようなものですが、「全景を撮ってハイ」というスタイルは避けたいのです。そんな相反する条件をうまく消化できたかな?と思えるのが今日の写真です。実は、背景になっているのが、前出の旧伊勢屋質店なんですが、それを言わなければ、「おっ、菊坂には古い民家が残ってるんだ」というふうに見えますよね? ま、それもこれも、いまどき珍しい、帽子を被りステッキを手にした老紳士が、見る人の目を惹きつけてくれるからなんですけどね。ところで、この方、地元の方でしょうね。足取りが、菊坂を歩き慣れてるって、物語ってましたから...。

【場所】文京区本郷5丁目あたりです。
【追記】樋口一葉の命日にあたる今月23日には、法真寺(本郷5-27-11)で文京一葉忌が予定されていて、法要、荻野アンナさんの講演、幸田弘子さんの朗読などが行われるそうです。また、普段は見ることのできない旧伊勢屋質店の内部が公開されるそうです。

本郷で一葉二様

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明日、樋口一葉の新五千円札が発行されるのを記念してってわけでもないんですが、今日、本郷で二つの催しがありました。超ローカルニューズサイトとしては、放っておけない話題です。とにかく、現地取材を敢行いたしました(^^;
まず最初は、お昼頃に、本郷三丁目駅前にある本郷台中学の校庭で行われた「いちょう祭り」です。校庭にテントを張り、そこに地元商店会の有志が出店し、日頃のご愛顧に感謝かたがた、あれこれとお買い得品を並べて地元住民へのご奉仕です。珍しいところでは「医療機器屋」さんの出店がありました。これなどは、さすがに本郷三丁目という土地柄ですね。が、やはり面白かったのは、一葉の新五千円札をプリントしたタオルの販売です。あまりにストレートにハマりきった感じで、逆に微妙なハズレ感があり、見た目に実にユーモラスでした。そのせいか販売してる人も楽しそう。レンズ向けただけで、お互いに大笑い。というので今日は、その写真です。実のところ、僕が駆けつけたのは、もうこの催しが終わる寸前でしたので、実際には何が行われたのかよく分からずじまいです。主催者の方、すみません。
次は、夕方になって、菊坂で行われた「ハロウィン仮装大会」です。今日はちょうどハロウィンですが、同時に樋口一葉の新五千円札発行の前夜にもあたるため、これを機に、地元の住人同士の触れあいを深め、同時に菊坂に元気を取り戻そうとの思いから、雑歩庵というグループが企画して実現した催しのようです。地元の子供たちが思い思いに仮装し、菊坂下道の家々(かぼちゃのマークが貼られている家)に"Trick or Treat"と声をかけ、お菓子をもらってまわります。この企画はヒットかもしれません。普段訪ねたこともない家を訪ね、そこの住人がどんな人なのかを知る良い機会になるのは間違いありません。そして、菊坂の細い路地を、魔女や可愛いダンボや怪しげなタヌキなどがそぞろ歩くところは、なんだか薄暗い路地風景に妙にミスマッチして、一種お伽噺的な雰囲気すら醸し出すんですね〜。これ、意外でした。というので、もう一枚の写真は、樋口一葉も使っていた井戸の前で、魔女達が、ウォークラリーも兼ねた地図に"仮装一葉"からスタンプを押してもらっているところです。そして締めくくりは、第一回菊坂ハロウィン大会の仮装チャンプ(僕が勝手に決めました(^^;)の写真です。

【場所】文京区本郷2丁目&4丁目あたりです。
【追記】ハロウィン大会を主催なさった雑歩庵(ざっぽあん)さんのホームページはこちらです。
【追記】この可愛いダンボ君ですが、本当に仮装チャンピオンになったそうです。

菊坂の青屋根

今日はすっきりしないお天気でしたね。今日・明日と、根津では下町祭りなるものをやっているのですが、用事も多く、家から出られません。そこで、気分転換に、夕方になって30分ほど真砂町を歩きました。
旧真砂町と旧菊坂町は、炭団坂や鐙坂(あぶみざか)と呼ばれる坂でつながっていますが、その境は実は断崖になっています。炭団坂わきの断崖の上には、昔、坪内逍遙の邸宅があり、逍遙はここで小説神髄を書き上げたといいます。いまは、その断崖の縁が、人がやっとすれ違えるほどの細い道になっていて、そこから菊坂町方面を見渡すことができます。本郷の住民にとっては、お手軽な見晴台です。
僕もこの道をよく通ります。そして、通りかかるたびに気になるのが、断崖の真下にたっている家の青い屋根です。まわりの色調が沈み込むように地味なせいもあって、この青だけが妙に浮かび上がり、目に沁みてきます。普通であれば、違和感ばかり感じるのでしょうが、この青は何だかひと味違います。派手でありながら周囲にうまく溶け込んでいるように、僕には、見えます。
これまで幾度となくこの屋根の写真は撮っているのですが、その青さをなかなか捕らえることができませんでした。が、意外にも、どんよりとした今日の夕方撮ったこの写真のなかに、その青さがどうやら収まってくれたようです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

消えた炭団坂の煙突

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先ずはこちらをご覧ください。昨日撮った写真です。そして、今日の写真のほうは、9月初旬に撮ったものです。この坂は、名前こそ昔風で興味をそそられますが、現実にはコンクリートの階段になっていて、真ん中にステンレス製の手すりが通され、風情も何もあったものではありません。腹立たしいほどに...。ですが、坂のすぐ横に細い道があり、そこからふり返るように階段を見ると、背後に棕櫚の木と煙突が見え、それが雰囲気になっていました。この建物の前は幾度となく通っているのですが、これまで、何の建物なのか気にも留めずにいました。ところが、こうして取り壊されてみると気になりはじめ、地図で確認したところ、太平洋セメントと記されています。こんなところにセメント会社があったんですね。が、ここで、ある事に思いあたりました。実はこのすぐ近くに、秩父セメントの創業者である諸井家の、明治末期に建てられた有名な純和風建築が残っています。場所からいって、当然この両者に関係があるのでは?と思ったわけです。で、googleしてみると、やはり、太平洋セメントという会社は、秩父セメントと小野田セメントが合併してできた会社だったんですね。ま、だからどうと言うこともないんですが(^^; ただ、この煙突はこれが見納めになってしまいました。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

夕暮れて菊坂

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昨日、列島を縦断し、全国的に大きな被害をもたらした台風23号ですが、東京では、小一時間ほど強い雨が降った程度で、あっという間に通過してしまいました。きっと、今日は朝から良い天気になるのだろうと思っていたのですが、さにあらず。夕方近くなってやっと雲が切れて陽が差しはじめました。外に目をやると、きれいな光がまわっています。家のなかに居るのにも飽きてきたので、ちょっと菊坂まで散歩してきました。
菊坂は、家からは近いのに、以前お世話になった比留間青果店のご店主に、なかなかお礼もできずにいました。そこで今日は久々に比留間青果店を訪ねてみました。ご店主は、憶えていてくださったようで、また最近の菊坂での出来事などを、あれこれうかがうことができました。
それによると、やはり、菊坂といえば樋口一葉です。来月、一葉の新5千円札が発行されることもあり、比留間青果店隣りの旧伊勢屋質店[一葉が通った質店]が、文化庁の史跡指定を受け、化粧直しをしたということです。確かに、外壁がモルタル風だったのが、真っ白な漆喰で塗り直してありました。この写真の右上角の白い部分がそれです。これ以外にも、木部の傷みがかなり改修され、全体にすっきりとした印象になっていました。その一方で、比留間青果店さんのほうは、立ち退き要求にちかいものが突きつけられているといいます。が、この建物だって菊坂上道に残る唯一の明治時代の建物。旧菊坂町の匂いを残す貴重な存在です。土地所有者の、土地をもっと活用したいという思いも理解できますが、なんとか旧伊勢屋質店とセットで保存することはできないだろうか? と思わずにはいられません。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【余談】ちょっと企画物臭いのですが、石川さゆりさんの唄う「一葉恋歌」という曲が発売されているようで、あちこちにポスターが貼られていました。

菊坂下のホッパーな青果店

菊坂下のT字路の角に、昔ながらの青果店があります。写真で見てわかるように、地所が三角形で、うまい具合に間口が広くとれるようになっています。昔は、この辺りは、旅館が多く、それを主な顧客にする賑やかな商店街だったと聞きます。が、旅館の数が激減し、この商店街も衰退の一途をたどっているようです。淋しくはありますが、この青果店さんもその例に漏れないようです。
僕の記憶が正しければ、以前は、この広い間口でも棚が足らず、店先にも台を出し、そこにも商品が山のように積み上げられた、活気のある青果店でした。が、旅館の衰退だけではなく、近くのクイーンズ伊勢丹というスーパーのオープンもそれに追い打ちをかけたのか、最近は、昼夜を問わず、通りかかってもあまり客の姿を目にすることがなくなりました。そして、商品は、棚を隠すかのように、平らに整然と並べてあるだけで、山積みされていることはまずありません。
先日、日没後にここを通りかかりました。なかでは、おじさんがひとりで黙々と何やら作業をつづけています。客の姿は見あたりません。それどころか、通行人すらまばらです。ただ、店内の灯りが広い間口から空しく通りを照らしているだけです。その光が、エドワード・ホッパーの描く街角の静かな哀愁を帯びた光と重なって見え、ちょっと罪悪感を感じながら、シャッターボタンを押しました。この青果店に活気が戻り、こんな写真が撮れなくなることを祈りながら...。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【追記】この青果店さんですが、昔はもっと間口が狭かったのだそうです。が、後日、お隣にあったお菓子屋さんを買い取って間口を拡げたということです。
【追記】後日わかったことですが、この一画はマンションへの建て替えが決まっているそうです。12月初旬の時点でここを通りかかると、近隣のお宅は引っ越し、お店は閉店し、ひっそりとした雰囲気が漂っていました。

菊坂のドイル階段

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本郷菊坂というと、すぐにに樋口一葉をはじめとする文豪を想い浮かべます。そして、菊坂の風景にその面影を探そうとしがちです。が、そうすると、菊坂の秘める他の様々な顔を見落としがちです。これは勿体ないですね。
先日、ちょっと時間は遅かったのですが、菊坂下に用があり、本郷三丁目から菊坂通りを歩いていました。この通りは途中で上道と下道の二手に別れます。そこでちょっと迷って、僕は下道を選びました。暗くなった下道を歩くなんて、ほんとうに久しぶりです。時間はそれほど遅くなかったのですが、人影はなく、真っ直ぐに伸びた細く暗い路地は静寂に包まれています。所々を照らす街灯の明かりが、かえってその静寂感を増幅しているようです。あきらかに、いつもの下町菊坂とは違う空気が漂っています。すると、下道と上道をつなぐ、見慣れているはずの細い石階段が、街灯の逆光に浮かび上がり、探偵小説の舞台の一部のように見えてきます。しかも海外。いまにもロンドン警察やパイプを手にしたシャーロック・ホームズが、角を曲がってこちらに下りてくるのではないか?という妄想さえかき立てられます。でもね、文豪の町とはいえ、菊坂に湖南独居留という文豪が居たという話は聞きませんね〜。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【余談】そういえば、湯島にシャーロック・ホームズ (Sherlock Homes)という集合住宅がありました。
【追記】今日は、記事を差し替えました。夜中に前の記事をご覧になった方もいらっしゃると思いますが、悪しからず。

森川町の閑静長屋

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本郷の旧森川町に、時間が止まったような空間があります。真っ直ぐに伸びた路地を挟んで、瓦葺きのしっかりした長屋が二棟、向かい合わせにたっています。長屋というと、多くは、もっと間口が狭く安普請なイメージがあるのですが、ここはひと味違います。ピシっと縁を合わせて一直線に据えられた飛石、狭いとは言え今では滅多に見ることもできない土の庭。そこに生えた苔や雑草、適度に繁った庭木、保守の行き届いた瓦など、それらが相俟って、周囲のビル群の存在を忘れさせるような、しっとりとした落ち着きのある「和」の雰囲気を漂わせています。これは長屋というよりも、木造瓦葺きの集合住宅と呼んだ方がふさわしいのではないか?と思わせるものがあります。ここも歴史を探ってみたくなりました。場所的にいっても、昔は、大学関係者の住まいだったりしないかな?と想像するのですが...。

【場所】文京区西片2丁目あたりです。
【追記】アルミの物干し台が目障りで惜しいですね。でも、便利さや費用のことなどを考えると、致し方のないことかもしれません。

後楽園夜景

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昨日ほど空気が澄んでいないとはいえ、今日もいいお天気でした。夕方になると、西の空がピンクに照っています。空気が澄んだ日のサンセットなど、東京ではそうそう見られません。作業に区切りをつけ、屋上にあがってみました。屋上に出ると、ちょうど太陽が、地平線のすぐ上に出ていた雲に隠れるところでした。まさにつるべ落とし。あっという間に太陽の姿は見えなくなってしまいましたが、サンセットの写真は照り返しの具合が勝負です。黄金色からマゼンダそして濃紺へというグラデュエーションが目の前に展開されることを期待して待つことにしました。しかし、自然というのは、良い意味でも悪い意味でも、めったに期待通りにはなってくれません。ほとんどの場合、期待を裏切ってくれます。今日も、見事に期待は裏切られました。こっちの期待が大きすぎたってこともありますけどね。それでも、上空にはそこそこの透明感があって、平均点は何とかクリアしてくれました。しかし、同じ東京だというのに、昨日の谷中とはずいぶん落差がありますね。

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。

桜木神社の祭り(二日目)

今日はお祭りの二日目です。残念ながら小雨が降り、人出はいまいちです。ま、この辺りはオフィス街でもあるので、元々休日はひっそりとしてるんですけどね。とはいえ、静寂をついて聴こえてきます、遠くから。「セヤ ソーレ セヤ ソーレ」と御輿をかつぐ威勢のいい声が...。このリズムが聴こえてくると、やはり窓を開けてキョロキョロとリズムの発生源を探してしまいます。そのうち、窓から顔をのぞかせるだけでは我慢できなくなり、遅い昼食にかこつけて、行ってきました。町内探検へ。するとちょうどお隣の弓町二丁目の御輿が練り歩いているのを発見。よく声が出ていてかなり威勢のいい御輿です。しかも、和気あいあいで楽しそう。我が弓町一丁目の御輿は負けてるな〜。悔しい。ま、それはそれとして、お腹がへっています。桜木神社にお参りをしてから、露店の出ている通りを抜け、マクドナルドで秋限定の月見バーガーです。そして帰りは、「本郷小学校の隣りの空き地で上真砂町会が夜店を出す」と聞いていたので、立ち寄ってみました。やはり雨模様なので準備が大変そうです。でも皆さん、夜店を楽しみにしている子供たちのために、懸命に動いていらっしゃいました。ご苦労さまです。今日はなんだか、やたらローカル色が強くなってしまいましたね。

【追記】おっといけない、肝心の我が弓町一丁目の御輿を忘れてました。その勇姿、とくとご覧ください(^^; 来年は僕も担ぐぞ〜。
【場所】文京区本郷2丁目あたりです。桜木神社のホームページはここです。

桜木神社の祭り(初日)

先週の根津神社に引きつづき、今日と明日は、本郷・桜木神社のお祭りです。本郷・弓町・真砂町・菊坂町・台町・田町などが氏子になります。根津神社のお祭りに比べると、そりゃもうスケールが全然違いますが、町はそれなりにお祭りムードにつつまれ、昼間から賑わっています。子供御輿が町内の家々をまわり、家のご主人がそれを出迎え、皆で揃って手締めをしています。そして、ところによっては子供たちにお菓子が配られます。微笑ましく、また清々しくもある風景です。良いですね、お祭りってのは...。
大横丁商店街では子供たちが太鼓の音にあわせて引く山車に出会いましたが、その後を、弓貳[弓町二丁目]の伴纏を着た長老が追いかけていきます。何か?と思っていると、「太鼓の打ち方が違う。トントン、タタタだよ。うん、そうそう」と太鼓のリズムの指導です。この長老、身ぎれいでお洒落で、雰囲気ありました。やはり長老の目が光っている町ってのは健康でいられるだろうな〜と感じさせられる風景でした。良いですね、お祭りってのは...。
とりあえず桜木神社にも行ってみましたが、まだお昼過ぎということもあって、さほど人出はありません。が、本郷通りに抜ける参道には、両側に露店が列び、お祭りムードを盛り上げています。その風景を撮ろうと、ちょうどカメラを構えたところに、小太りの少年が真正面に来合わせました。この子がひょうきんな可愛い子で、僕の前でパタリと足を止め、「あ、お前、何撮ってんだ? 止めないと撃つぞ(^^;」と、体全体で言ってきます。「じゃ、撃ってみな。オモチャじゃねーか!(^^; 」と、僕も無言で言い返し、シャッターを押してやりました。それが今日の写真です。子供相手に真昼の決闘。これもお祭りならではですね。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。桜木神社のホームページはここです。

この道は、言問通りと不忍通りを結ぶ近道として使われることの多い道です。左側の家のすぐ先に公衆トイレがあり、そこは道幅が広くなっているため、タクシーの休憩所と化している感があります。いつ通っても数台のタクシーが駐車し、なかで運転手さんが新聞を読んだり仮眠している姿を目にします。この道の左側は旧弥生町。その昔、この一帯のどこかで弥生式土器が出土した所です。右手は高台(本郷台地の端)になっていて、東大の敷地です。とはいえ、以前は、ここの風景はどうということもなく、クルマで通り抜けるだけでした。が、池之端にソフィテルというホテルが建って以来、ちょっと異様な風景に変身しました。なんだか、大昔に銀座8丁目に建てられた中銀のカプセル式マンションとイメージがダブるこのホテル、池之端周辺のどこに居ても視界に入ってきます。この建物、高級ホテルというふれ込みですが、なんだか「串に刺したはんぺん」みたいな感じがしません?

【場所】文京区弥生2丁目あたりです。

【追記】とはずがたりblog のオーサーまるふうさんから、この建物に関し、「もとはバブル崩壊後に法華クラブが建て替えたホテル「ホテルCOSIMA」だったんですが、その後法華クラブがこけてソフィテルが買い取って大々的に内装に手を入れて現在に至ったビルです」とご指摘いただきました。実は、以前に、じゃらん堂さんからも同様のお知らせをいただいていました。まるふうさん、じゃらん堂さん、ありがとうございました。

本郷通りの小さな空き画廊

本郷通りの東大の向かい側には、小さな古書店や飲食店、出版社などが連なっていますが、それらも徐々に取り壊され、ビルに建て替えられつつあります。なかには凝った造りの建物もあり、惜しいと思うのですが、土地の権利など、表からはうかがい知れない事情もあるようです。この画廊は、東大正門近くの、寄り合い所帯的な建物(今で言う雑居ビルですね)に入っています。この建物には他にも数軒分のスペースがあるのですが、ルオーという有名な喫茶室を除き、そのすべてに貸店舗の紙が貼られています。他の物件はシャッターが降りていたり、カーテンが閉じていて、完全にひっそりとしているのですが、この画廊スペースには、ガラス窓の内側からポスターが貼られていています。そしてこの日は、この空間が妙に生き生きとしています。この画廊、何度も前を通っているのですが、これまでそんな感じを受けたことはありませんでした。何故か? やはりアンディ・ウォホールの絵が持つパワーですね。

【場所】文京区本郷5丁目あたりです。
【追記】いっそここで「貸店舗」という画廊をオープンするのも良いかもですね(^^;

夏の抜け殻

本郷真砂町のちょっと奥まったところに、昔であれば、子供たちが地面にチョークで線を描いたりして遊び場にしたに違いない、路地がちょっとひらけた場所があります。何の変哲もない場所なのですが、ここには、人をほっとさせる、ひと時代前の空気が漂っています。左も右も突き当たりのこの道は、住人以外が通ることはまずありません。怪しまれないかな?とドキドキしながらも、そんな空気を吸いたくて、図書館からの帰りに、ふらりと立ち寄ることがあります。今日も本を返しに行った帰りに、まわり道してみました。「いつもどおりだな」と確認するように写真を撮り、ふと後ろを振り向くと、いままで背にしていた家の板塀に、何やら虫のようなものがとまっています。顔を近づけてよく見ると、それはセミの抜け殻でした。暑さもだいぶおさまり、もう、さすがにセミの声も聴かなくなりました。きっと、この殻を抜け出たセミは、羽根を振るわせて夏の終わりを告げ、その使命を終えたのだろうな...と思わせる、気分的にもちょっと秋の風景でした。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

真砂町の麗人

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今日は暑かったですね〜。でも澄んだ空やうろこ雲が秋を感じさせます。家から歩いて数分のところにある真砂図書館に行ったついでに、菊坂方面に向かいました。図書館を出てすぐのところに坪内逍遙の旧居跡があります。そこからの風景がこの写真です。逍遙が眺めた風景とは別世界ですが...。ここはよく通るのですが、これまで、この木にレンズを向けたことはありませんでした。やはり光や空気によって風景は大きく表情を変えますね。今日のこの場所はなんとなく気分が良く、足が止まりました。ファインダーを通して構図を考えていると、左側の階段を上ってくる人がいます。すらっとした体つきの女性でした。ゆったりとしたグレーのワンピースに薄手の黒いカーディガンをはおり、手には本を抱えています。図書館に本を返しに行くのでしょう。ワンピースの裾を風にまかせてゆっくりと歩く姿がとても優雅な女性でした。外国籍を持つ手塚さとみさん(^^;という感じです。というわけで、失礼とは思いつつシャッターを切らせていただきました。なんだか、後ろの木がオリーブに見えてきます。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

築100年超の長屋

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本郷・旧真砂町には、幕末に建てられた足軽長屋がひと棟だけ残っています。場所は春日通り(東富坂)からほんのすこし入ったところでです。見るからに古いのは分かりますが、改修を重ねているせいもあって、最初は、江戸末期の建物とは思いもしませんでした。こちらにお住まいの高齢の婦人から聞いて初めて、あ、これがあの足軽長屋か、と気が付いた次第です。そのご婦人の住まいは手入れが行き届いていて、玄関先には凛とした空気さえ漂っているのですが、全体的に見るとかなり老朽化が進んでいて、残すのは難しそうに思えます。築100年以上の長屋、見るならいまのうちです。

【場所】文京区本郷4丁目13あたりです。

現在の本郷2丁目の18番から24番の一帯は、戦前、元町一丁目と呼ばれていました。そこに小さな三河稲荷神社があります。この神社付近は戦災での消失を免れたようで、近くの湯島に住む人が「しばらく三河様の近くに身を寄せていた」と話してくれたのを憶えています。今日(22日)、お昼を食べようと、外に出てみると、その三河稲荷前の通りが人で混み合っています。「本郷二丁目元一会」の夏祭りです。三河稲荷が小さく、元一会の町内も狭いので、スケールは小さいのですが、こじんまりとして和気あいあい。大家族のお祭りのようなムードです。規模は小さいながらも、よみせが出て、町内会の人が鉄板で焼きそばをジュージュー焼いていたり、ヨーヨー釣りや輪投げなどもあり、その前には、子供たちが町会発行の利用券を握りしめて楽しそうに列をつくっていました。人気だったのは、昔ながらの射的です。景品が良いのも人気の理由かもしれません。なかには鉄砲をどう撃つのか分からず、おとうさんからら指南を受ける子も見られます。小さなほのぼの夏祭り、良かったですよ。

【場所】文京区本郷2丁目あたりです。

湯島天神の開運札

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昨日(19日)、昔からの友人に孫が誕生した。僕等の親の世代が、老いて要介護となっていく一方で、それに代わる新たな世代が誕生する。50代になって、この2つの"行事"が、とてもリアルに感じられるようになった。だから、友人に子供ができた時よりも、今回の孫の誕生のほうが、なんだか嬉しく感じられる。心からおめでとうと言いたい。今日は、新たにこの世に生を受けた友人のお孫さんに、この写真を贈らせて頂くことにします。トライドッグ・パパとママ、そしてのりべー新米ママ、本当におめでとう! お爺ちゃんに似て、健康な子に育つことを心から祈っています。

【場所】文京区湯島3丁目あたりです。
【追伸】このサイトを訪問してくださる皆様へ:今日はプライベート過ぎてすみません。

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