本郷 湯島の最近のブログ記事

菊坂花園景

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今日は、パソコンのデータの引っ越しなどに時間を費やし、いつの間にか夕方になっていた...という一日でした。データの移動...とひと口に言いますが、これが、やってみると、データ量が半端ではなくなっていることも手伝って、なかなか大変ですね。基本的には、外付けHDを介しての移動なんですが、データをコピーしている途中で、どういうわけか?作動停止してしまい、再起動、コピー開始、作動停止、再起動...なんてことを繰り返しているうに、時間なんてどんどん過ぎていってしまいます。結局、一日中、家に釘付け...ということになってしまいました。が、一歩も外に出ない...というのも悔しいので、いつものパターンなのですが(^^; 近場の菊坂を歩いてきました。
このブログを始めた頃と比較すると、もうすっかり様変わりした...と言っても過言ではない菊坂ですが、範囲を限定して見れば、まだ昔の下町風情が残っています。こちらのお宅などは、もう貴重な風景の構成要素になってきました。いつも雰囲気があります。しかも、園芸がお好きで、いつも鉢が並べられ、季節の花や植物が、通行人の目を楽しませてくれます。今日は、また、ずらりとチューリップの鉢が沢山並べられていて、それが渋い背景に映え、実にきれいです。いや、見事でした。
ところで、このチューリップは、菊坂町会の催し物か何か(?)のようで、園芸店から購入して、路地に並べたものなのでしょう。が、それでも、元からある路地園芸の草木がつけた花などと相俟って、通る者に、なんとなく春を感じさる光景をつくっていました。このところ、気温が安定せず、真冬のように寒い日があったりしますが、風景は、確実に春の様相を呈してきていますね。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。




今日は、あれこれと雑用をこなしているうちに、意外に時間が経ち、「低湿地帯に行くにはもう遅いな〜」という時間になってしまいましたので、先日行われたシンポジウムの余韻というわけでもないのですが、近場の東大構内を歩いてきました。
春休み中の日曜日だったせいもあるのでしょうが、今日の東大構内は、いつもよりずっと人影が少なく、実にノンビリと歩きまわることができました。また、東大の方とお会いして、一般人が歩ける範囲を伺った後ですから、これまで、どことなく感じていたカセのようなものが取り除かれ、それも、ノンビリ感を増してくれたようです。というわけで、今日は、これまで、歩くことをためらっていた場所にも入ってみました。
この建物は、たしか...理学部の建物だったように思います。建物の所属や歴史などは、調べれば分かることですが、ここでは、省略させていただき、この古色蒼然ぶりを見ていただこうと思います。歴史と無骨さを感じますね...さすがに。東大でも民営化のようなことが進行しているようですが、この無骨な感じ...と言うか、骨っぽさと言うか...これは失って欲しくないな〜と思いますね〜。勿論、スピリットの問題ですが...。というところで、これがどうなるのか...気になります。

【場所】文京区本郷東京大学構内です。

先日のエントリー「東大構内を歩こう (10)」で、ある研究者(渡辺よしひろさん)にお会いしたことを報告しましたが、そのときの話題の中心は、ひと言で言うと「ブロガーとコミュニティ」ということでした。
現在、街中で再開発が行われ、それが地域コミュニティの弱体化につながっているのは、(おそらく)誰の目にも明かですが、ご自身が熱心なブロガーでありネットの世界に精通なさっている渡辺さんは、それを補足・補強する意味でも、ブロガーの存在は大きい...との認識をお持ちでした。そして、今後は、ブロガーを中心としたコミュニティを、より表面化させ、行政・公的機関などへのパイプとなれるような何ものかを構築する必要を感じていらっしゃるようでした。
実は、同じようなことを、僕も感じていましたので、こういった点では意気投合。これから歩調を合わせられるところでは、歩調を合わせて...ということになりました。
今日のエントリーは、そういった問題に関連する『公開シンポジウム』のお知らせです。詳細は以下にたたんであります。僕も出席の予定ですが、町歩きに興味をお持ちの方々や町歩き系ブログを運営なさっている方々のなかから、ひとりでも多くの方と会場でお目にかかれたらな〜と思い、直前ではありますが、アップした次第です。

【写真の場所】文京区本郷二丁目あたりです。

今日は、東京大学構内で、ある研究者にお会いしてきました。と言っても、別に難しいお話など、僕にはできませんから、一種のオフ会のようなものですね。お陰さまで、これまで入ったことのなかった食堂や研究室なども見せていただくことができました。
そうしてみて感じたことですが、こんなに"使える"空間が一般人にも開かれているのなら、その事実がもう少し市民に浸透し、例えば僕が感じていたようなカセが外れれば、大学構内を利用する一般人の数はずっと増えるに違いありません。賛否両論あるでしょうが、一般人の流入により構内に街の匂いが強まるって、僕には、悪くないことのように思えてしまいます。このキャンパスのどこかに、阿佐ヶ谷住宅のような低層のテラスハウスなんかがあったら、ぜひ住みたいですね(^^; あ、なんだか話が飛躍してますね。ま、今日は、それにちょっと類するようなことをお話したものですから...。
さて、今日の写真ですが、言わずと知れた、東大の象徴・安田講堂です。昼間の安田講堂は、これまでに何度も見ていますが、今日は、写真の右側に写っているしだれ桜が八分咲きで、きれいなピンクの花をつけていましたので、その桜を撮っているうちに、日が暮れ、初めて夜の安田講堂の姿を見る機会を得た...というわけです。そこで気づいたのですが、なんと、安田講堂には眼がありました(^^; こうして見ると、案外、権威っぽくない、ちょっとトボケた可愛い顔をしていますね(^^;
ところで、右のしだれ桜ですが、あと数日ほどで満開になりそうです。ご近所の方はぜひ...です。

【場所】文京区本郷東京大学構内です。

店仕舞い

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元気に営業をつづけていると思っていた店が、たまたま前を通りかかると、廃業していた...ということが、ままあります。今日の写真は、ともに、そういった例です。
今日は、郵便局に用があり、本郷の本局まで歩いて行ったのですが、その途中...本妙寺坂に向かう道に入ったところで、葬祭屋さんの金文字の看板が剥がされているのに気づきました。八百屋さんと和菓子屋さんに挟まれて、この辺りでは、ひと昔まえを感じさせる風景のひとつの中心になっていた建物でしたが、ついに...時を迎えたようです。(こちらは、すぐ近所に移転...という情報をいただきました)
郵便局で用事を済ませ、ちょうど買い物をしていた家内と連絡をとり、春日あたりで落ち合って遅い昼食を済ませた後、また二手に分かれ、僕は、春日あたりをぶらつきながら家に向かいました。その途中で目にしたのが、右の写真に写っている光景です。ラーメン屋さんでしたが、入口のガラスドアに、目隠しでしょう...内側から新聞紙が貼り付けてあります。2005年11月19日の讀賣新聞でした。この日付が閉店日の前後なのか否かは不明ですし、「太楼」という文字はまだ古さを感じさせませんでしたが、新聞とそれを貼り付けた 粘着テープは変色し、閉店が昨日今日のことではないことを示していました。
が、ともに、よく目にする定番「永らくご愛顧いただきまして...」という、閉店を知らせる貼り紙はありません。その無言であることが、なんとなくひっかかって...。

【場所】文京区本郷4丁目(左)・小石川1丁目(右)あたりです。

月夜の大横丁で

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数日前から、なんとなく喉がガサついていたのですが、一昨日から、ついに風邪の症状がはっきり現れ、体全体にダルさがあり、家のなかでウダウダしていました。が、どうやら昨夜がピークだったようで、今日は、多少動こうか?という気になれる状態でした。
そんなわけで、今日も、大事をとって、家に籠もっていたのですが、夕方になると、急に強風が吹き始め、雲があやしげな表情を見せはじめました。が、その風が収まりかけた頃、再び空を見ると、見事な月が浮かんでいます。なんだか呼ばれているかんじです(^^;
「いま頃外に出ては治る風邪も治らない」と思いながらも、結局、その誘惑に負けて、カメラ1台だけ持って、ごく近所を歩いてみました。「何も無くてもともと」という気分で...。でも、月が浮かんでいるだけで、町の表情は、日常とはかなり違って見えるものです。
左の写真は大横丁商店街で、中央と右の写真は商店街から1本裏に入ったところで撮ったものです。月を見上げながら自転車を押す豆腐屋さんが雰囲気ありました。

【場所】文京区本郷2丁目あたりです。

菊坂の階段

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遠出する時間がなかったので、夕方になって、近所をぐるりとひとまわりしてきました。近所と言えば、言わずと知れた菊坂です。
拙ブログを始めた頃に比べると、菊坂も変わりました。こんなに変わってよいのかな?と思うくらいに...。ま、それでも、ひっそりとした穏やかな空気感は、まだ感じられ、歩いているだけで、気分が安らぐ町であることに、大きな変化はありません。

今日の写真は、菊坂の下道から、上道へとつづく階段を撮ったものです。それぞれに、階段の雰囲気を撮ったつもりでしたが、こうして2枚を並べてみると、思いがけず、上道と下道との、場所による高低差の違いを表していることに気づきました。
菊坂通りは、本郷三丁目あたりから菊坂下にかけて、なだらかに下っています。その菊坂通りが、途中から分岐し、その地点から、菊坂通りのつづきを上道、がくんと1段低くなっているほうを下道と呼びます。
1段低い下道は、上道と並行に、ほぼ平坦に伸びていますが、上道のほうは、なだらかに下っています。したがって、菊坂下に近づくほど、高度が低くなります。ということは、菊坂下から遠くなるほど、上道と下道の高低差が大きく、菊坂下に近づくほど、その高低差が小さくなります。
いや〜文字にするとややこしいですね〜。が、まあ、そんなわけで、左の写真は、菊坂下に近いほうの階段、右の写真は、菊坂下から遠いほうの階段、ということになります。だからどうした?と言われると、返答に窮するのですが...(^^;

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

昨日のコメント欄で、三四郎池が話題にのぼったから...というわけでもないのですが、今日は、その三四郎池周辺で撮った写真です。東大構内を歩こう (8)の写真を撮った後、「暗くなったし、もう帰ろう...」と、坂道をのぼりはじめました。そして、もうすぐ平坦になる...という所まで来たときです。右手の茂みのなかに、白色の外灯があって、周囲を煌々と照らしていました。周囲はほぼ暗闇に沈んでいるというのに、そこだけは、まるで白日の下...強い太陽の光に照らされているかのようです。しかも、照らされているのが常緑樹であるため、涼しげな木陰ができているようにも見えてしまいます。これは、本気で、木漏れ日がきれい...と感じてシャッターを切ったものです。光の強さもさることながら、光の色というものは、風景の印象を大きく変えてしまうものですね。当たり前か(^^;

【場所】文京区本郷東京大学構内です。

昨日のエントリーに、hongoさんが、「東大本郷キャンパスのイチョウが見頃を迎えつつあります」というコメントを残してくださいました。東大構内は、ずいぶん長い間、歩いていませんでしたから、「久しぶりに様子を見に...」という気になり、ちょっと足を伸ばしてきました。
構内に入ってみると、まさにhongoさんが仰るように、イチョウが「見頃を迎えつつある」ところでした。すでに黄金色に輝いている木もあれば、まだ緑色を留めている木もあります。場所により様々です。これから寒さが増すにつれ、黄金色の割合も高くなってゆくのでしょう。が、黄金色と緑色の混在も、それはそれで美しいものです。
紅葉の名所(^^; 三四郎池の畔にも下りてみました。こちらは、池のうえに枝を張り出したモミジの葉が真っ赤に色づいていたりと、まさに見頃だったようです。今日の写真は、その三四郎池に向かって撮ったものです。

【場所】文京区本郷東京大学構内です。

nico

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上野に行った帰りに、湯島ハイタウンの1階にある、nico という輸入雑貨のお店を訪ねてきました。実は、以前に、谷中ボッサのご主人が着ていらしたブラジル系のTシャツが気に入り、どこで入手なさったものか訊ねたことがありました。その答えが「湯島のnico で...」でした。それ以来、「湯島のnico 」というお店が気になっていたのですが、なかなか行く機会がありませんでした。

ホンゴウ秋夜景

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明日早朝に東京を発って新潟へ向かうことになったため、今日は、家で雑用処理にあたっていました。しかし、まる一日家のなかに居るのも口惜しい...と、夕方になって、近所をひとまわり。こういうときの定番「菊坂〜真砂コース」です。
しかし、日が暮れるのがほんとうに早くなっています。あっという間に夜景撮影モードに突入します。ところで、都心の空気は、澄んでいるとは言い難いものの、冬が近づくにつれ、やはり多少なりとも透明感が増してゆきます。夜空が、澄んだ群青色に写ると、なんとなく、気分が良くなり、シャッターを押す回数もついつい増える...というものです。
今日の写真は、菊坂からうちに向かう途中にある、ツタですっぽりと覆われた家周辺を撮ったものです。昔は歯科医院だったような形跡がありますが、現在は、一部が住居として使われているだけのようです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

晩秋へ...

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まだ、そう寒さは感じませんが、やはりもう10月...。ぐっと秋めいてきました。町を歩いている人の、衣や、ちょっとだけ身を縮めるような姿勢などにも、秋の深まりを感じます。僕も、先日、薄手のダウンジャケットを買って、冬に備えました...。

【場所】水道橋駅あたりです。

サンライズ 810

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拙ブログを訪ねてくださる方々は、お気づきか?と思いますが、僕は、完全に夜型人間でして、夜の10時頃から明け方にかけてがいちばんの活動時間です。最近になって、その時間帯を、グイと戻そうとはしているのですが、長年の習慣というものは、そう簡単には変えられないもので、毎日のように、「あれ、もう明るくなってきた...」という頃に床に就く、という状態です。
したがって、昨夜も、当然のように、作業を切り上げたのは空が白んできた頃でした。その時間は、僕にとっては深夜中の深夜(^^;ですが、世間では「朝〜」と言いますね(^^; 空が白みはじめると、そこから明るくなるのはあっという間です。あまり明るくなってから床に就くのは、何度経験しても、あまり気持ちの良いものではありません。てなわけで、そこからは実にテキパキと動き、あっという間にベッドにモグリ込みます。
が、今日の早朝は、ブラインドの隙間から漏れる光が、いつもとはちょっと異質に感じられ、ブラインドをちょっと手で押して、外の様子を見てみました。すると、なんとも空気がクリアです。そして、目の前に建設中の、我が家から西日を奪った憎っくき(^^;マンションの覆いに、赤味の強い太陽の光があたり、皮肉にも、清々しさを感じさせるほどの光景が展開していました。う〜ん、放っとけないな〜という感じで撮ったのがこの写真です。
この空気感、光の具合、ともに先日の台風の置き土産なのでしょうが、南の島と互角です。都心では滅多に見られないのでは?と思います。ま、早起きの方にうかがってみないと分かりませんけど...(^^;

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。

菊坂の津波

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夕方、買い物に出た家内から電話が入り、「今日も夕焼けがきれいになりそう...」というので、早速、カメラを抱えて外に出ました。近場で前景が雰囲気ありそうなことろは...ということになると、まず頭に浮かぶのが菊坂です。もう単純です。とりあえず、そちらに向かって歩きはじめました。
真砂図書館の前を通り過ぎ、菊坂全体を見渡せる、炭団坂の崖上に立ってみると、空の雰囲気がやや昨日に似ています。もしかすると来るかも?と、すこしだけ期待に胸を膨らませます。そして、炭団坂を下り、菊坂の下道に出ました。頭のなかには、「菊坂下道がずっと続いていて、銭湯の煙突や電柱が絡み、その向こうに夕焼け空が...」などという構図を思い浮かべてながら...。
ところが...です。下道に入った途端、そんな目論見は、およそ見当違いだったことに気づきました。きれいな夕焼け空どころか、先日来、菊坂は大規模な津波に襲われていたのです。しかも、巨大な凸凹津波に...。今日、この場に立つまで、すっかり忘れていましたが、現在、炭団坂の崖地に高層の大規模マンションが建設中で、その現場を覆うフェンスが邪魔をし、菊坂下道からは、首を上に向けなければ、空なんて見えない状態になっていたのです。
しかし、「路地の向こうに高層ビル」という構図は、都心では当たり前のように目にするようになってしまいましたが、それでも、この菊坂の例はかなり強烈です。路地とマンションとの距離が、あまりに近いからなのでしょう...眼前にそそり立つ...という感じがして、すごい圧迫感があります。いまにもこの波が崩れてきそうな気さえします。
実は「これは画像ソフトで、前景と背景を合成したものです」と言ったら、ほとんどの人が信用するのでは?と思います。が、これ、「ありのまま」なんですね〜。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

今日は、曙ハウス関連の、たいへんに喜ばしい報告をさせていただきます。今年の2月に、惜しまれつつも解体された曙ハウスですが、その後、ハウス入口にかかっていた「あのプレートはどうなったの?」という声が、曙ハウスファンのみならず、多くの友人や近隣の方々からも上がっていました。あの建物と同様に、あのプレートは、想像以上に多くの人たちの記憶に焼き付けられていたようです。
実は、あのプレートは、建物解体と同時にゴミになる運命でした。それを何としても阻止したかった僕は、ある古物商さんに、かなり無理なお願いをして、プレート(+手摺り支柱) を取り外し、保管していただいていました。
それが、あれこれと紆余曲折はあったのですが、先月末、ついに、文京ふるさと歴史館に収蔵されることが決定しました。そして、本日、ふるさと歴史館より、「収蔵の最終手続きが終了した」とのお知らせをいただいたのです。もう、これは、このブログを始めて以来、最もうれしい出来事です。これで、あの曙ハウス・プレートは、半永久的に公的機関で保存されることになります。曙ハウスファンにも「最善である」と感じていただける結末ではないでしょうか...。

古物商さんがどなたであるかは、ご商売に差し支えなどがあってはいけませんので、明言しませんが、とにかく、一本気な方で、僕の気持ちを汲んでくださり、ねばり強く誠実に事を運んでくださいました。心から感謝したい思いでいます。
また、以前のエントリーでは、僕は、「ふるさと歴史館あたりが乗り出すべきだ」などと書いてしまいましたが、実は、今回、プレート収蔵に向けて動いてくださった学芸員さんは、そのエントリーをご覧になり、心痛めていらっしゃったことを、後になって知った次第です。曙ハウス解体時には、ふるさと歴史館では企画展準備などに追われ、気になりながらも一歩も動けない、という状況だったということです。また、今回の曙ハウス・プレート収蔵についても、ふるさと歴史館内で賛否両論があり、担当学芸員の方が相当にご努力してくださった結果、なんとか...という状況だったようです。担当学芸員の方には、この場をかりて、お詫びと御礼を申し上げたい気持ちです。
今日の写真は、言うまでもありませんが、文京ふるさと歴史館の倉庫に収まった、曙ハウスのプレートと手摺り支柱です。まったく痛んでいません。久々に会えて、ほんとうに懐かしい思いがしました。
なお、この曙ハウス・プレートなどは、来年2月10日〜3月18日に予定されている企画展「文京まち再発見 II - 近代建築 街角の造形デザイン (仮称)」で、初お目見えすることになりそうだ...ということです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

本郷 元町公園

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わきた・けんいち さんの Blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」でも取り上げられていますが、文京区本郷の神田川沿いに、関東大震災・復興公園で唯一当時の姿を残すと言う、元町公園があります。その裏手には、元町小学校がありますが、この小学校は、真砂町にある本郷小学校に統合され、現在では、田中千代服飾学校の仮校舎として使われています。
さて、この元町公園と旧・元町小学校ですが、実は、文京区では、ざっと言うと「元町公園に体育館を建設し、旧・元町小学校を解体して公園にする」という計画を立てているようです。ま、詳しくは関連ブログなどをご覧いただくとして、とにかく、今日、その元町公園に行って、写真を撮ってきました。以下に、写真の説明を記します。
【左写真】元町公園の入口です。神田川に沿ってはしる外堀通りに面しています。小ぢんまりとした控えめなデザインに好感を持ちます。
【中写真】入口の階段をのぼると、途中から、階段が左右に分かれます。その左右の階段をのぼったところ(公園の中二階orパティオという感じのスペース)に、それぞれ、このようなドッシリとした藤棚があります。ここからは、木々の間から、神田川の向こう岸 - お茶の水方面 - が見渡せます。
【右写真】公園の中二階orパティオのようなスペースと2階部分(いわゆる広場のある公園部分)をつなぐ階段です。その中央には、このように立派なプランターがあります。これは片側だけにあります。

比留間青果店の脇が入口になっていた路地です。まだ比留間青果店が健在だった頃は、この辺りまで進むと、もう路地のなかほどで、表通りとははっきりと違う、私的な空間だな〜という感じがしていました。
この写真は、先日、梅雨の晴れ間に、比留間青果店が解体された跡地の様子を見に行ったときに撮ったものですが、左手後方あった比留間青果店の建物がもう在りませんから、僕の立っている位置が、ほぼ路地の入口ということになってしまいました。そして、右手前方、街灯が立っている辺りも、実は空き地になっています。そこには国有地であることを知らせる看板が立っています。相続時に物納された...と聞きます。
まだ現役の井戸があり、路地の奥には階段、その先は崖で行き止まりです。この素晴らしい条件を備えた菊坂の路地も、比留間青果店が解体されたことにより、ほぼ半分が消えてしまった、という状態です。この表情をいつまで目にすることができるのか...心細い話ですね。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

雨の菊坂で

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昨日・今日と、町をうろつく時間はありませんでした。そこで、比留間青果店エントリーの余韻のような写真をアップすることにしました。
いずれも、一昨日、菊坂で撮ったものです。
左の写真は、真砂町と菊坂町をつなぐ炭団坂(階段)を下りてすぐのところにある狭い路地で目にした光景です。こちらは、通りかかるたびに、経年変化した木製ドアと真鍮のノブ、色褪せた黄色い牛乳受け、そして、いつ頃からか...ドアの窓のガラスが割れてしまったらしく...そこを覆うブルーのシート、それらの組み合わせに目を奪われていました。昨日は、それらに加えて、タテに連結したような状態で透明ビニール傘が置いてありました。周囲に暗い色が多く、薄暗いせいもあってか、そのビニール傘が少ない光を吸い集め、輝きを放っているように見えていました。
中央の写真は、菊坂の上道と下道をつなぐ、狭い狭い石の階段です。いまはもう使われていません。その階段にツタが這っていました。それが雨に濡れて、キラキラと輝いています。ここは誰も気に留めそうもない小さな空間ですから、普段は完全に日陰者(^^;ですが、こんな時には、主役に踊りでるようです。
右の写真は、言わずと知れた、樋口一葉が使ったとされる井戸のある路地です。前方に見える背の高い建物の前を、菊坂下道が通っています。そこから、路地に入り、奥まで進むと、突き当たりが階段になっています。その階段のうえから、来た路地を見下ろすようにして撮ったのがこの写真です。こうして見ると、なんとなく、光の十字架が見えるような気もして...。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

比留間青果店

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しとしと雨が降りつづく、いかにも梅雨という日でしたが、菊坂の与太郎さん
TADANZAKAさんから「比留間青果店が取り壊された」というお知らせをいただいていましたので、「更地を見てもな〜」と思いながらも、とにかく自分の目で確認しておこうと...現地に行ってきました。
当然のことながら、比留間青果店の在った場所には、ポッカリと穴が空き、「結構広かったのだな」と思わせる空間ができていました(右写真)。
左の写真は、今年の3月18日に撮ったものです。過去に撮った写真をチェックしてみましたが、どうやら、これが、僕が最後に撮った比留間青果店のようです。この日も雨でした。いまから思うと、涙雨だったのかな?などと思えてしまいます。
拙ブログを始めたばかりの頃、時々こちらにお邪魔していたのですが、ご主人がざっくばらんに昔の菊坂のお話してくださり、暑い日には冷えたお茶をくださったり、お暇しようと思うと、チョイと果物を差し出してくださったりと、とても好意的に接して頂いたことが忘れられません。
ひと昔前の菊坂を想わせる風景が消えたことも残念ですが、僕にとっては、風景というだけの存在ではなくなっていただけに、一抹の淋しさを感じてしまいます。比留間青果店の写真は過去にも何度かアップしていますので、重複しますが、やはり最後に、敬意を表する意味で、もういちど、エントリーさせていただきました。

追:比留間青果店を路地側から撮った写真がありましたので、それもアップしておきます。こちらです。
■関連エントリー:日暮れ時の菊坂 / 夕暮れて菊坂 / 菊坂の風景になった青果店

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

三河稲荷神社の祭り

| コメント(8)

今日は、本郷三河稲荷神社の祭りでした。この神社は、神社HPや関連エントリーをご覧いただければお分かりいただけると思いますが、実に小ぢんまりとした神社で、その氏子となる町会も本郷元町1丁目と2丁目だけに限られています。しかし、その歴史は古く、鎮座してから今年で400年というものすごさです。そこで、今年の祭りは400年祭として盛大に...ということだったようです。
その400年祭の様子を、始めから終わりまで見ることはできませんでしたので、残念ながら、どう盛大だったのか?は不明です(^^; 夕方、太鼓の音に吸い寄せられるように、カメラを抱えて家を出て、御輿を追ったのですが、僕が見たかぎりでは、「例年と同じ?(^^;」という感じでした。
今日の写真は、辺りが暗くなり、担ぎ手のテンションも最高潮に達し、いよいよ何モノかが御輿に乗り移り、異次元に突入する瞬間を捉えたものです(^^; 凄いですね〜。なんせ、御輿というのは、神様の出張サービスのようなものですから、こんなことも起きます(^^;

ところで、今日は、ずっと気になっていた、旧本郷元町と現在の町名・区画との関係について、覚え書き程度に記しておくことにしました。

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