文京区 - Bunkyoの最近のブログ記事

曙ハウス跡地が...

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先日、わきた・けんいちsanが、「曙ハウス」関連記事を総まとめするエントリーをアップなさったのをかわぎりに、neonさんもご自身の作品<スウハ曙>をネット公開なさり、それを追うように、m-louisさんが「曙ハウス」談義記事、そして「曙ハウス」マニア必見(^^;の「曙ハウス」図面(準備版)+「曙ハウス」リンク集をアップなさいました。皆さん...ほんとに凄いです。
その熱さに引きずられ、僕も、久々に曙ハウス関連の写真をアップすることにしました。と言っても「ハウス跡地の現在」写真なんですが...。
実は、先日、根津にお住まいのneonさんから、「曙ハウスの跡地が駐車場に...」というお知らせをいただいていました。そこで、neonさんの作品を撮らせていただくため、根津に行ったついでに、その様子も写真に収めてきました。ま、実は、「neonさんの作品<スウハ曙>は曙ハウス跡地で撮ろう」と思っていたのが、すでに工事が始まっていて、ちょっと予定が狂ってしまった...ということなんですけどね。
そして、ついで...です。対比のため、左の写真とほぼ同じ角度から撮った、在りし日の曙ハウス(パースペクト修正)です。風景が変わりましたね〜、当たり前ですが...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

三河稲荷神社の祭り

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今日は、本郷三河稲荷神社の祭りでした。この神社は、神社HPや関連エントリーをご覧いただければお分かりいただけると思いますが、実に小ぢんまりとした神社で、その氏子となる町会も本郷元町1丁目と2丁目だけに限られています。しかし、その歴史は古く、鎮座してから今年で400年というものすごさです。そこで、今年の祭りは400年祭として盛大に...ということだったようです。
その400年祭の様子を、始めから終わりまで見ることはできませんでしたので、残念ながら、どう盛大だったのか?は不明です(^^; 夕方、太鼓の音に吸い寄せられるように、カメラを抱えて家を出て、御輿を追ったのですが、僕が見たかぎりでは、「例年と同じ?(^^;」という感じでした。
今日の写真は、辺りが暗くなり、担ぎ手のテンションも最高潮に達し、いよいよ何モノかが御輿に乗り移り、異次元に突入する瞬間を捉えたものです(^^; 凄いですね〜。なんせ、御輿というのは、神様の出張サービスのようなものですから、こんなことも起きます(^^;

ところで、今日は、ずっと気になっていた、旧本郷元町と現在の町名・区画との関係について、覚え書き程度に記しておくことにしました。

今日は、ブログを通じた奇特(^^;な友人たち (wakkyken, m-louis, GG_1, greenagain, J16, and neon:敬称略) が根津に集合し、皆で食事をしながら「曙ハウス談義」をやってきました。そしてメインは、neonさんの個展「ピアニシモな建築たち」です。

あの「曙ハウス」が、neonさんの筆でどう蘇るのか、実のところドキドキワクワクです。で、会場である CAFE NOMAD に入ると、渋い緑を基調とした「スウハ曙」の画が目に飛び込んできました。う〜ん良い! なんだか感無量といった感じ...と同時にドカンときましたね〜。蘇っちゃってます、あの曙ハウスが...。
neonさんの網膜に焼き付いた映像や印象もあるのでしょうが、やはり、何人もの関係者に直接お会いになって聞き取りをなさったり、GG-1さんがお撮りになった写真などを子細に観察なさったたりと、画を描くという行為から離れた部分でも、曙ハウスに切り込んでゆく情熱と姿勢を持続なさったことが、作品「スウハ曙」の、愛らしい迫力を生んでいるのかな?と感じました。(neonさん、生意気なこと書いてます。すみません)

作品「スウハ曙」は、写真に撮らせていただきましたが、今日はアップするのをやめておきます。やはり「根津のカフェに展示中の実物がどんなものなのか?」と、ドキドキワクワクしながら足を運んでいただきたい、と思ったからです。
neonさん、曙ハウスの素晴らしい姿を再び見せていただき、ありがとうございました。感動しました。そして、今日、根津に集結したブログ仲間の皆様、たいへんありがとうございました。楽しかった〜。また、何かの機会にお会いしたいですね。では、では...。

【追記】明日から3-4日、東京を留守にします。その間、ブログの更新ができません。帰り次第、更新再開しますので、どうぞ宜しくお願いいたします。
【場所】文京区根津2丁目あたりです。

月夜 - iPod CM 風

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傘こそ必要ありませんでしたが、湿度の高いどんよりとした一日でしたね。が、夕方、家に向かって歩いていると、上空に、予想もしなかった月が浮かんでいました。薄い雲がかかっていて、それが紗を通して眺めているような効果を生んでいます。そして、どういうわけか、淡いピンクに染まっていました。
歩きながら眺めていると、月が、ビルのシルエットの向こうに隠れたり、また顔を出したりします。そして、いよいよ家が近づいたときです。工事現場のクレーンと手前のビルの間に月が浮かんでいます。しかも、ビルの隙間と月、そしてクレーンの滑車が、ほぼ一直線に並んでいます。なんとなく面白い図です。クレーンで、ビルの隙間から、月を吊り上げているようです。ん? もしやこれは「ツキを吊り上げる」ということだ! 縁起が良いんじゃないか! とばかりに撮ったのが今日の写真です。
ついでに、これが「ブルー背景+黒いシルエット」で、なんとなく iPod の CM 風です(^^; そんなわけで、ちょっと拙い構図ですし、他の写真とは毛色が違いすぎですが、この写真、アップすることにしました。

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。

動坂下の錆看板

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よく晴れた気持ちの良い日でした。太陽の直射を浴びると暑いけれど、そよ吹く風はひんやりとしていて、ちょうど良い案配でした。しかもゴールデンウィーク中なので、都心の路上は車も人も少なく、街全体がいつもよりずっと静かです。空気もきれいなら光もきれいで、街路樹の緑が色濃く輝いて見えます。そんな街を歩いていると、なんだか避暑地にでも居るような、のんびりとした休日感覚に陥りました。久々です、こんなことは...。
で、今日の写真ですが、緑だ避暑地だなどと言ったわりには、いつものように錆関係です(^^; この平屋の看板建築(実は後部が2階建て)は、不忍通り沿いに建っています。こちらは乾物屋(主に豆)さんだったそうですが、すでに廃業なさっていて、去年か一昨年に気づいたときには、もうこの姿でした。通りに面した部分は、この通り廃屋状態ですが、後方の二階家部分は現役で、ご老人が住んでいらっしゃるということでした。
この建物、ずっと気になっていたのですが、実は、すぐ前にパーキングメーターが設置されており、いつ通りかかってもクルマが停まっていて、「う〜んまたか...」というパターンがつづいていました。が、今日はゴールデンウィーク。さすがにクルマも停まっていませんでした。

【場所】文京区本駒込4丁目あたりです。

路地暮らし

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ここは、根津の、不忍通りから2本裏に入った路地です。日が暮れて、根津駅に向かう途中に出会った光景です。
暗い路地で、街灯の灯りに照らされて、ちょこんと座ってこちらを見ている猫の様子が愛らしく、カメラを向けました。そして、猫が逃げないように、そろりそろりと、猫に近づいていました。すると、向こうの角から突然、お風呂帰りのご老人の姿が現れました。浴衣を着て、手には風呂敷包みを提げ、杖をつきながら、こちらに向かって歩いてきます。その姿が、突き当たりの言問通りのネオンの明かりで、黒いシルエットになって浮かんで見えます。
こんな状況は、どちらかの家の庭先でならともかく、誰もが通る路上では、なかなか遭遇できません。路地というのは、細い道というだけではなく、誰もの庭といった感覚と匂いが溢れているからこそ...という光景でした。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

ここは本郷の菊坂に残る素晴らしい路地のひとつです。先日、菊坂近くの真砂図書館に行ったついでに、いつものように、菊坂をまわりました。静かな菊坂散策は、ほんとうに良い気分転換になるからです。
その日は、小雨が降っていたせいもあり、人影はありません。お風呂屋さんに行く人や、風呂から上がり帰る人の姿がちらほらと見える程度です。こういうのを路地浴とでも呼ぶんでしょうか...。安らぎます。
と、そんな調子で歩いていたのですが、その気分が一瞬にして破られる場面に遭遇してしまいました。それが左の写真です。なんと、東京でも有数だと思っていた路地の一画にポッカリと穴が空いていたのです。またも長屋の取り壊しです。
今年になって、古い家屋が次々と取り壊されています。その傾向が加速しているように感じられてなりません。なんだかそんなエントリーばかりしているような気さえします。いったいどうしたことなんでしょう...。
この路地は、お住まいの方々が、植物や草花を大切にお育てになっていたせいで、季節ごとに表情を変え、僕たちの目を楽しませてくれていました。ですから、その季節ごとの良い表情を必ず撮っておこう...という思いもあって、菊坂にはよく足の伸ばしてきました。が、春から夏にかけての、強い光が射していても涼しげな路地の表情を捉える前に、路地の一部が、いや大半が消え去ってしまいました。とても残念です。
そんなわけで、この愛すべき路地の晩秋と冬の表情だけを、思い出としてアップすることになってしまいました。言うまでもありませんが、中央と右がその写真です。

【追記】ご近所の方にうかがったかぎりでは、ここには、マンションではなく木造3階建ての住宅が建つようです。この路地が復活するような建物であると良いのですが...。
【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

すごい郵便箱 (2)

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今日は「すごい郵便箱」シリーズ第二弾です。これは、我が家の近くで見かけたもので、お稲荷さんテイストの郵便箱です(^^;
最初は、朽ちて妙に渋くなった赤色に目が行き、「ホホー」という感じだったのですが、周囲を固めるパーツに気づくと、「やややっ!」という感じです。なかでも、左右に配された溶岩に大注目でした。これはもう作為以外の何物でもありません。冨士講の匂いがプンプンしますね。それに気づくと、左の門柱にもなっている石柱や、右の青い鉄柵、後方の石碑(?)などからも、同種の匂いが漂ってくるのを感じます。これはどう見ても、お稲荷さんの祠と郵便受けが同居しているようにしか見えません。焼き物のおきつね様不在なのが不思議なくらいです。もしや、反対側から見ると、祠になっているのかな?とも思いましたが、さすがにのぞき込むわけにはいきませんでした。
郵便受けというのは、フェチ(^^;を生むほどに、個性豊かなものですが、これはちょっと「飛びきり級」ですね。郵政公社の赤はこの赤じゃないだろう!という感じです(^^;

【場所】文京区本郷あたりです。

サイタ質店夜景

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根津に古くからあるサイタ質店さんについては、すでに何度が紹介させていただいてますが、ここで、もういちど登場願うことにしました。というのは、まだ、サイタ質店さんの、夕方や夜の姿をアップしていなかったからです。
こちらは、根津でももっとも重厚な和建築のひとつですから、昼・夜を問わず、その姿は堂々たるものです。が、昼間は、トタンやその色、暖簾など、後日手を加えられた部分的にも興味深いところが多いため、目があちこちに移動してしまいます。
が、夕方以降になると、それらが闇に隠され、太陽が沈んだあとの群青色の空を背景に、黒々とした、重量感のあるシルエットが浮き上がります。こうなると、シルエット以外には目が行かなくなり、そのせいか、この風景が途端に時代がかって見えてきます。
夜になると電飾看板や街灯が点灯し、それらが、時代感を損ねてはいますが、そこはイマジネーションの世界...です。ちょっとだけ、都合の悪いものから目を逸らしましょう(^^;
このシルエットは、大正時代、いや、もしかすると、それ以前からずっと、根津のこの場所に存在していたのでしょうね。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

消えた四軒長屋

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先日、曙ハウスの斜め前に建っていた四軒長屋がシートで囲われた状態をアップしましたが、その後、重機械による取り壊しが進んでいます。もうしばらくすれば、曙ハウス跡地と同様に、更地になってしまうでしょう。
この長屋は、曙ハウスほどに特徴が無いため、あまり注目を集めていないようですが、やはり、曙ハウスとともに、路地風景をつくってきた重要な脇役です。そこで、今日は、その四軒長屋が取り壊される前の写真をアップすることにしました。
右の写真が、曙ハウス(写真中右)と四軒長屋(写真中、電柱手前)ともに健在だった頃の根津の路地風景です。四軒長屋にお住まいだった旦那が、まだ寒い季節というのに、首にタオルをかけ、シャツ1枚で闊歩しています。宮の湯からの帰りなんでしょう...。いかにも下町根津という感じですが、これで、この風景は見納めです。
左の写真は、曙ハウスの真正面にあった、細い細い路地です。右側の壁が四軒長屋の側面ということになります。そして、その奥にも下見張りの家屋がありました。濃密な空間でした。その後、この路地の左の建物と、奥の家屋が取り壊され、そこが更地になっていました。その更地から、四軒長屋の裏側を撮ったのが、以下に掲載した写真です。

根津の表通り

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振り返ってみると、拙ブログでは、町の裏通りの風景ばかりで、表通りの風景をほとんど掲載していませんでした。ま、表通りには縁がありませんからね...歩行も人生も...(^^; そこで...、今日は、根津の表通りの風景をアップすることにしました。
ここは、不忍通りと言問通りの交わる根津1丁目交差点の、不忍通りに面した一画です。僕の立ち位置のすぐ右手には、地下鉄の入口があります。地下鉄を降りて、階段をのぼると、この一部が、最初に目に飛び込んでくる根津の風景になります。
昔の、看板建築がずらりと並んだ根津の風景に比べると、なんだかペラペラした建物揃いに見えます。風景の味としては、明らかに退化しています。「映画のセットのように見えます」と言いたいところですが、こうなると、「現実にセットそのもの」と言っても過言ではない出来です。これらが経年変化しても、とても雰囲気なんて期待できそうもありません。現役から直に廃墟景になるだけのような気がします。
それでもここを撮った理由は、細長く素っ気ないマンションが林立したところよりはるかにマシだからです。こうした、2階建て看板建築が軒を連ねている風景というのは、この辺りでも、もう殆ど目にすることはできません。この裏手にまわってみると、勝手口と勝手口が向き合う、路地本来の姿が残っています。まだ、家の外に石の流しが置かれていたりします。こう見えても、下町商店の原型をとどめている貴重な一画です。やはり、その良い表情を、残しておいてあげなくては...と思います。こうして見ると、なかなか可愛らしいでしょ(^^;

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

菊坂下道異景

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ここは菊坂の下道です。前方に明かりが見えるのは、Minagawaという床屋さんです。その先はT字路になっていて、そこを左に折れると、急な上り坂(鐙坂)になります。右手に見える建物は、菊水湯という銭湯です。
今日は、夕方になって、真砂町にある文京ふるさと歴史館へ『文の京の写真展・なつかしい昭和を訪ねて』を見に行ってきました。閉館時間の5時まで写真を見て、外に出てみると、上空にぽっかりと月が浮かんでいます。空の色も、透明感のあるブルーに変わりそうです。そこで、ちょっと、菊坂まで脚を伸ばしてみました。
歩いていると、すぐに辺りが暗くなりましたが、それでも、建物や木々の輪郭がクッキリと見えます。雨が降ったわけでもないのに、なぜか空気が澄んでいるのでしょう。それが、いつもの風景を、いつもとは違った雰囲気で見せてくれていたようです。見慣れたこの場所も、いやに新鮮に見えてしまいます。そこで、構図を考えながらシャッターを切っていました。すると、右方向から、ユルリユルリと自転車をこぎながら男子生徒がやってきました。携帯を右手に持って通話しながら...。
ここは無人で撮りたかったので、その男子生徒が視界から消えるまで待とうと思い、ファインダーから目を離していました。すると、このT字路を右に曲がろうとしたところでバランスを崩したのか、一瞬、左足を地面に着けて停止しました。とりあえず、それに反応してシャッターボタンを押したのが、今日の写真です。
この時間に写真を撮る場合は、通常、シャッター速度がかなり遅いため、走っている自転車は流れてしまいます。が、この写真では、自転車が道の真ん中で止まって写っていますね。それが、ごく日常的(でもない?(^^;)な風景に、ちょっとだけ非日常的な印象の素を添えているようです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。






根津の象徴のひとつだった「曙ハウス」が、ついに取り壊されました。曙ハウスは、童話や「七つの子」「雨ふりお月さん」「青い目の人形」などの童謡の発表の場となった児童向け雑誌・絵本の発行元、金の星社の創始者・斉藤佐次郎という人が、大正末期から昭和初期にかけて何棟か建てたものだそうで、この曙ハウスは、その最後の1棟だったようです。一時は、金の星社もこの曙ハウスに社を移していたということです。
そんな歴史もある、この曙ハウスですが、そんなことを知らなくても、前を通りかかると、その古色蒼然とした姿に圧倒され、誰しもが、うなり声をあげるほどでした。家霊というものがあるとすれば、間違いなく、この曙ハウスにはそれが住み着いていた、と思わせる佇まいでした。
そんな曙ハウスですから、根津の町に住む人、足繁く訪れる人の記憶には、その存在が深く刻まれていました。もちろん僕の記憶にもです。

昨日、「曙ハウスも4軒長屋も消滅か〜、根津ももう終わったかな?」などと思いながら、根津の駅に向かって歩いていました。すると、いつも無言でたっていた建物たちが、「わたしを忘れちゃいませんか?」と、合図でも送っているよう感じられます。そうでした、忘れてはいませんが、これまでは、曙ハウスなどに気をとられ、あまり注意を払ってはいなかったことは確かです。
昨日は、夕方以降、上空がどんよりとした雲に覆われていましたが、なぜか空気は澄んでいました。いつもより風景がカリッとクリアに見えていました。そして、周囲が、仄暗いなかに輝きをたっぷり含んだような...不思議な空気に包まれていました。
すると、以前から気にはなっていた、古いナショナルの看板を掲げた小さな電気屋さんから漏れる明かりが目にとまりました。その明かりの前で、足を停め、正面から眺めてみると、長屋なのに、この電気屋さん1軒が浮きあがって見えます。蛍光管が切れたり切れかかったりしている看板が、寂れた田舎町にある商店のような匂いを発しています。そして、上空の雲の切れ目から月まで顔をのぞかせています。
表通りのお店には無い、この静かなひっそり感が、何とも言えません...。主役が居なくなっても、こうした名脇役が控えていたことを忘れちゃいけませんでした...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

曙ハウス最後の日

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用事を手早く済ませ、夕方、根津の曙ハウス解体現場に行ってきました。今日の写真は、一昨日アップした写真と同じ位置から撮ったものです。左手の曙ハウスを覆っていたシートが取り払われ、入れ替わるように、右手の4軒長屋が足場とシートで覆われていました。
曙ハウスが建っていた場所には、ポッカリと穴があいたような空間ができていました。全ての柱と壁が倒され、根津在住のneonさんが昨日のコメント欄で知らせてくださった通りの状態です。この空間の前で立ち止まり、感慨深そうな面持ちで、立ち話しをする根津の人たちの姿が多々見られました。やはり、意識するしないに関わらず、根津の人たちの心のどこかに、この曙ハウスが住み着いていたのだろうと思わせる光景でした。
そして、消滅した曙ハウス側から、向かいの4軒長屋を見たところがこの写真です。この写真だけを見ると、もう、かつてお住まい方でも、何処なのか分からないのでは?と思えるほどの変わりようです。後方に聳えているのは、不忍通り沿いに建つマンション群です。根津のこの一帯は、もう、何の変哲もない、ただの街に変身してしまうようです...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

このところ、根津の曙ハウス解体が気になりつづけています。できる限りの範囲で、現地に足も運んでいます。そんなわけで、今日も根津の路地で拾った欠片です[撮影日は今日ではありません]。

左の写真は、根津路地裏の花屋というエントリーで紹介した花屋さんの店内を、ガラス戸越しに撮ったものです。もう時間が遅かったため、お店は閉まっていました。が、奥の電灯が灯っていて、店内がボワ〜ッと照らしだされています。目の横に手をかざしてなかを覗きこむと、光源は思ったよりも明るく、台の上に置かれた青ガラスの花瓶を照らし出しています。くすんだ褐色のなかに、その青が浮かんでいるように見え、一種の清涼感を感じ、シャッターを切ったものです。それにしても、こちら、達人ですね〜。
右の写真は、路地の板塀に取り付けられた告知板です。板塀・告知板ともに、経年変化で、かなり痛んでいます。が、痛んではいるものの、しっかりと輪郭を保ち、毅然としてそこに在るように感じられました。そこに、筆で「栃乃花関 年男奉仕」とだけ書いた短冊(と言ってよいのかな?)だけが、画鋲で留めてあります。「節分の日に、根津神社での豆まきに栃乃花関が来るよ」と知らせている短冊です。それが、告知板の中心に1枚だけ...。なんだか、こういう「きちんとしたもの」って、見ると気持ちが清々してきませんか。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

曙ハウスの路地で

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羽田に娘を迎えに行くはずだったのですが、西日本の空港では、雪のため、飛行機の離着陸が困難な状態になり、予定が変更になったため、急遽、根津の曙ハウスの取り壊しの様子を見に行ってきました。
丸太の足場と白いシートで囲われたなかでは、重機械1台が黙々とアームを曲げ伸ばしして、慎重に、しかし易々と、瓦礫の山を築いていきます。その瓦礫が実に黒々とした色をしています。古い建物ですから、煤や脂が染み着いているのでしょう...。
建物のおよそ半分(向かって右側)の取り壊しが済んだところで、夕方になり、今日の作業は終了ということになりました。全てが消滅するまでに、あと2日程度かな?という感じです。
さて、今日の写真は、その曙ハウスの前を通る路地です。左手に見える丸太の足場が、取り壊しの現場です。が、実は、それだけに注目しているわけにはいきません。右手に見えているのは、4軒長屋ですが、こちらも、もうすぐに取り壊しが始まります。今日、この長屋の裏手にまわってみると、解体前の消毒が済んだことを知らせる貼り紙がしてありました。
根津谷の、この愛すべき路地風景を目にできる時間は、もう僅かしか残されていません。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

雨の根津の路地で

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今日も、午後になって、根津に行ってきました。いよいよ取り壊される、根津のシンボルだった建物「曙ハウス」の様子を見るために...です。内部に残されたゴミは大方運び出され、いよいよ明日から解体に取りかかるということでした。
そんなことを業者さん(これが話の分かる人達なんですね〜)と話していると、すぐ近くにヤマハのバイクが停まり、ライダーが降り立ちました。「あれ、見たような体型(^^;」と思っていると、ヘルメットの中から現れたのは、なんとなんとGG-1さんじゃありませんか! 昨夜、コメント欄に「行こうかな?」なんて書き込みいただいてましたから、「もしや...」とは思っていたのですが、本当の話になってしまいました。てな訳で、「暗くてもう撮れない」頃になって、二人で谷中ボッサへ。しばらく談笑です。[それにしてもGG-1さん、背が高く、脚も長くて、カッコイイ!]
と、いう訳で(^^;です。曙ハウス以外の写真は無いに等しいため、今日は、昨日撮った写真をアップします。どちらも、雨の日の、根津の路地で見かけた光景です。
左の写真は、根津1丁目に残る細い路地で撮ったものです。建物はトタンに覆われていますが、細部の造作をよく見ると、相当に良い木材を使い、しっかりと組み上げられていたことがわかります。この窓枠にはしびれました。柾目の通りかたなど、ギターの表面版に使えるのでは?と思うほどです。それが、風雨と清掃により、仕上げられたのでしょう。素晴らしい質感になっていました。
右の写真は、根津2丁目の路地で撮ったものです。背景は、ほとんで空家になった、古いアパートです。こちらも、波形トタンが錆びて、なんとも言えない風合いになっています。曙ハウスなき後は、もう、この建物しかありません...。

【場所】文京区根津1丁目・2丁目あたりです。

雨の根津町角

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ここ二三日、雨にもメゲず、根津に居ました。ある建物の最後を見届けるために...です。が、それについては後日ということにして、今日は、根津の表通り・不忍通りに面した果物屋さんのコーナーを撮った写真です。
こちらは、下町によく見られるモルタル看板建築風の建物です。間口が狭く、その分かなり奥行きがあります。T字路の角に建っているため、通りから、建物の側面全面が見えます。その造りがちょっと面白いのです。表側が3階で裏側が2階になっているため、屋根の形が大きな「ヘ」の字になっています。う〜ぬ、この説明で分かりますかね〜。ま、そんなわけで、建物の輪郭が、巨大な平屋をスパッと切ったように見えるわけです。「これは何だか妙な感じだ」と思い、その建物をそばに立ってみました。雨が降っているというのに物好きですね〜(^^;
すると、建物の輪郭よりも気になる光景が...。タイミングが良かったのか、雨のせいなのか、周囲がかなり暗いにも関わらず、街灯は灯いていません。そして、果物屋さんの店先は、商品が雨で濡れないように、ビニールシートで囲ってあり、その部分だけがポッと浮き上がって見えています。これって、一種の電球ですね(^^; 傘をさしながらの窮屈な姿勢でシャッターを切ってみました。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

雪夜の本郷で

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このところ、なかなか明るいうちに写真を撮りに行くことができません。今季はじめての雪が降った今日もしかり...でした。朝、電話で起こされ、すぐに家を出て、帰ってきた頃には、もうどっぷりと日が暮れていました。しかし、東京で雪景色を撮れる機会はそうそうあるもんじゃありません。で、頑張って(^^; 夜の本郷〜菊坂を徘徊してきました。
雪は、夜になっても止まず、僕が歩いた頃も、まだ津々と降りつづいていました。傘をさし、カメラが濡れないようにコートのなかに抱えるようにしての徘徊です。
どこも車や人影は少なく、そうでなくても夜は静かな一帯が、輪を掛けたように静かです。都心とはいえ、繁華街のようなネオン類は少ないため、町並みは、雪明かりという言葉がピンと来ないほどに暗く、それも静けさに拍車をかけているようです。凍結しかけた雪をかく音だけが、あたりに大きく響いていました。

【場所】文京区本郷1丁目・4丁目あたりです。

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