文京区 - Bunkyoの最近のブログ記事

月夜の大横丁で

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数日前から、なんとなく喉がガサついていたのですが、一昨日から、ついに風邪の症状がはっきり現れ、体全体にダルさがあり、家のなかでウダウダしていました。が、どうやら昨夜がピークだったようで、今日は、多少動こうか?という気になれる状態でした。
そんなわけで、今日も、大事をとって、家に籠もっていたのですが、夕方になると、急に強風が吹き始め、雲があやしげな表情を見せはじめました。が、その風が収まりかけた頃、再び空を見ると、見事な月が浮かんでいます。なんだか呼ばれているかんじです(^^;
「いま頃外に出ては治る風邪も治らない」と思いながらも、結局、その誘惑に負けて、カメラ1台だけ持って、ごく近所を歩いてみました。「何も無くてもともと」という気分で...。でも、月が浮かんでいるだけで、町の表情は、日常とはかなり違って見えるものです。
左の写真は大横丁商店街で、中央と右の写真は商店街から1本裏に入ったところで撮ったものです。月を見上げながら自転車を押す豆腐屋さんが雰囲気ありました。

【場所】文京区本郷2丁目あたりです。

菊坂の階段

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遠出する時間がなかったので、夕方になって、近所をぐるりとひとまわりしてきました。近所と言えば、言わずと知れた菊坂です。
拙ブログを始めた頃に比べると、菊坂も変わりました。こんなに変わってよいのかな?と思うくらいに...。ま、それでも、ひっそりとした穏やかな空気感は、まだ感じられ、歩いているだけで、気分が安らぐ町であることに、大きな変化はありません。

今日の写真は、菊坂の下道から、上道へとつづく階段を撮ったものです。それぞれに、階段の雰囲気を撮ったつもりでしたが、こうして2枚を並べてみると、思いがけず、上道と下道との、場所による高低差の違いを表していることに気づきました。
菊坂通りは、本郷三丁目あたりから菊坂下にかけて、なだらかに下っています。その菊坂通りが、途中から分岐し、その地点から、菊坂通りのつづきを上道、がくんと1段低くなっているほうを下道と呼びます。
1段低い下道は、上道と並行に、ほぼ平坦に伸びていますが、上道のほうは、なだらかに下っています。したがって、菊坂下に近づくほど、高度が低くなります。ということは、菊坂下から遠くなるほど、上道と下道の高低差が大きく、菊坂下に近づくほど、その高低差が小さくなります。
いや〜文字にするとややこしいですね〜。が、まあ、そんなわけで、左の写真は、菊坂下に近いほうの階段、右の写真は、菊坂下から遠いほうの階段、ということになります。だからどうした?と言われると、返答に窮するのですが...(^^;

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

日無坂で

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目白台にある「月の湯」が、今年いっぱいで営業を止めるという知らせを小道さんからいただきましたので、最後に営業中の姿を見ておこうと思い、現地へ行ってきました。が、なんと今日は、休業とのこと...。アリャリャでした(^^; そんな同好の士がもうひとりいらっしゃいましたが...。そして、好きな人っているものです。偶然にも、同じパターンに陥って、近所のカフェで談笑していた人のなかに、なんとスリバチ学会員の姿が...。いや〜笑ってしまいます。
ところで、現地でお会いした方々は、皆さん、入浴の予定でしたが、僕はその積もりはありませんでしたので、皆さんが銭湯から出てくるまでの間(休業とは思っていなかったので...)、時間調整も兼ねて、すぐ近くの日無坂に居ました。なにしろ、寒い日でしたが、それだけに、澄んだ夜空を見ることができそうだ...と踏んでのことです。日無坂と言えば、以前のエントリー「日無坂の家」に、「昔、その家に住んでいた...」というコメントをお寄せくださった方、大川さんが思い出されます。それだけで、なんとなく、日無坂に建つ家が、前回とは違って見えるから不思議です。なんだか身近に見えるんですね〜。
ところで、日無坂、今日も、スキッとした、胸のすくような風景が広がっていました。

【場所】文京区目白台1丁目と豊島区高田1丁目の間です。

昨日のエントリーに、hongoさんが、「東大本郷キャンパスのイチョウが見頃を迎えつつあります」というコメントを残してくださいました。東大構内は、ずいぶん長い間、歩いていませんでしたから、「久しぶりに様子を見に...」という気になり、ちょっと足を伸ばしてきました。
構内に入ってみると、まさにhongoさんが仰るように、イチョウが「見頃を迎えつつある」ところでした。すでに黄金色に輝いている木もあれば、まだ緑色を留めている木もあります。場所により様々です。これから寒さが増すにつれ、黄金色の割合も高くなってゆくのでしょう。が、黄金色と緑色の混在も、それはそれで美しいものです。
紅葉の名所(^^; 三四郎池の畔にも下りてみました。こちらは、池のうえに枝を張り出したモミジの葉が真っ赤に色づいていたりと、まさに見頃だったようです。今日の写真は、その三四郎池に向かって撮ったものです。

【場所】文京区本郷東京大学構内です。

nico

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上野に行った帰りに、湯島ハイタウンの1階にある、nico という輸入雑貨のお店を訪ねてきました。実は、以前に、谷中ボッサのご主人が着ていらしたブラジル系のTシャツが気に入り、どこで入手なさったものか訊ねたことがありました。その答えが「湯島のnico で...」でした。それ以来、「湯島のnico 」というお店が気になっていたのですが、なかなか行く機会がありませんでした。

ホンゴウ秋夜景

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明日早朝に東京を発って新潟へ向かうことになったため、今日は、家で雑用処理にあたっていました。しかし、まる一日家のなかに居るのも口惜しい...と、夕方になって、近所をひとまわり。こういうときの定番「菊坂〜真砂コース」です。
しかし、日が暮れるのがほんとうに早くなっています。あっという間に夜景撮影モードに突入します。ところで、都心の空気は、澄んでいるとは言い難いものの、冬が近づくにつれ、やはり多少なりとも透明感が増してゆきます。夜空が、澄んだ群青色に写ると、なんとなく、気分が良くなり、シャッターを押す回数もついつい増える...というものです。
今日の写真は、菊坂からうちに向かう途中にある、ツタですっぽりと覆われた家周辺を撮ったものです。昔は歯科医院だったような形跡がありますが、現在は、一部が住居として使われているだけのようです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

晩秋へ...

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まだ、そう寒さは感じませんが、やはりもう10月...。ぐっと秋めいてきました。町を歩いている人の、衣や、ちょっとだけ身を縮めるような姿勢などにも、秋の深まりを感じます。僕も、先日、薄手のダウンジャケットを買って、冬に備えました...。

【場所】水道橋駅あたりです。

サオカメおじさん

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根津の祭りの2日目のことです。宮御輿や山車などが出発した後の藍染大通りを、弓のような釣り竿のような棒をひっさげたおじさんが向こうから歩いてきます。その棒が、なんとも言えない形と雰囲気をしています。気になります。
失礼か?とは思いながらも、好奇心が押さえきれず、その方に声をかけてみました。すると、意外(と言うのも変ですが)にも、穏やかな良い方で、快く、その棒が何であるか...を説明してくださいました。これは、なんと、カメラを高い位置に上げて撮影するための装置でした。説明によれば:

■棒の上端には、デジカメとミラーが取り付けてある。そのミラーにデジカメのモニタ画像が映るようになっている。
■上端のミラーに映った画像が、下端(手許)のミラーに映るように、ミラー角度が調節されている (一種の潜望鏡状態)。これで構図を確認する。
■撮影するときは、スライド式になっている棒を延ばし、先端のカギ形部分を、電柱のボルトなどにひっかけて固定する。これはブレ防止。
■長いケーブルレリーズが、デジカメから手許まで伸びている。これでシャッターを切る。

と、ま、言葉で説明すると分かりにくいですね。要するに、使用するときはこんな具合になります。上のミラーにデジカメのモニタが映っているのがご覧いただけるでしょうか?
この竿、コロンブスの卵のようなものですが、ご経験から、様々な工夫が凝らされ、あれこれと部品も追加されています。これには感心するやら呆れるやら...でしたが、ご本人はいたって真面目。この装置を使って撮影なさった写真アルバムも見せていただきましたが、なかなか素敵な写真をお撮りになっています。が、しかし、かなり毒気にもヤラれました(^^;

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

祭りのあとの町

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映画「もんしぇん」イベントにからみ、今日の午後は上野に居ました。上野と言っても、一角座のある場所は、上野駅よりも谷中に近いため、帰りは、ふと思いたって谷中ボッサに立ち寄り、その後、祭りの終わった根津の町を通ってみることにしました。
実は、今日も、根津神社の祭りはつづいているのですが、主には神社内部での行事が行われるため、いわゆる目に見える祭りは昨日で終わり...ということになります。
そうでなくても、今日は祝日ということで、交通量は少なめでです。そして、当然のことながら、祭り目当ての観光客の姿はありません。根津在住の方々も、それぞれの家で、祭りの疲れを癒やしていらっしゃるのでしょう。なにしろ人影がまばらです。昨日の人混みが嘘のように...というやつです。
今日の写真は、3枚ともに、谷中ボッサを出て、根津駅に向かいながら撮ったものです。祭り提灯は灯っていても、ひっそりと人影の無い根津の町。なんだか、やはり根津は不思議の町か?という感じでした。やや不気味なくらいに...。

ところで、言い忘れましたが、谷中ボッサさんって、ほんとに心地よいです。ま、波長が合う...ってこともあるのでしょうが...。そして、ご主人の身内の方が有機農法で栽培なさったというカボチャを使用したカボチャプリン、これがまた美味しかった...。ま、敬老の日だし(^^; 自分への慰労もかねて(^^; 良い一日でした。

【場所】文京区根津です。






昨日にひきつづき、根津神社御遷座三百年大祭でに賑わう根津の町に繰り出してきました。祭りは今日が本番。さすがに昨日とは町の雰囲気が違います。なんといっても人出の多さ。根津神社を中心に、町は人で溢れていました。心配されたお天気も、夕方まではどうやらもって、行事なども、まあ恙なく進行できたようです。

根津の祭り (初日)

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今日から根津はお祭りです。しかも、根津神社御遷座三百年大祭とやらで、例年とは気合いの入り方が違うようです。それでも、今日は、まだ前夜祭という感じで、いつものような根津の祭りムードでしたが、明日は、宮御輿3基と山車が町内を練り歩くといいます。三百年大祭ならでは...の壮麗なものになるようです。
ということで、「祭りだ!」という写真は、明日お届けすることにして(お届けできる予定(^^;)、今日は、ちょっと裏をかくような、静かな祭り風景をアップすることにしました。
左の写真は、根津神社の参道にある表具屋さんのガラス戸です。わりと煌びやかな三百年大祭のポスターと、経年変化した造作との組み合わせが、なんとなく侘びしさを感じさせます。祭りというものは、興奮ばかりではなく、実は、寂しさも感じさせますね。
中央の写真は、夕刻になって不忍通りを練り歩く御輿です。この写真では、1基がぽつん...という感じがしますが、実際には、10基(だと思う)の御輿が一列になって練り歩くため、実に壮観です。
右の写真は、根津神社の境内で撮ったものです。やはり、例年通りに、多くの出店が軒を連ねています。こちらはの主役はやはり子供たち。この子たちは、出店を物色しての獲物を、出店のきれた空き地で確認中のようです。ちょっと懐かしさを覚える光景でした。

【場所】文京区根津です。

根津日常景

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午後、根津で人に会っていました。このところ、話題があちこちに飛び、かなり目まぐるしくなっていましたが、今日は、久々に根津からです。
根津の...なんでもない...ふつ〜の日常風景ですが、近頃は、壊れたような風景ばかりが目につき、もう、こういった風景をふつ〜とは呼べないのかな?とさえ思います。
この2枚の写真は、根津神社に向かって歩いているときに、連続的に撮ったものですが、見ると、ごちゃごちゃしていますし、カッコ良くもありません。色もくすんでいます。でも...です。「これがまちだ」という感じがするのです。アラーキー氏が、根津のまちを撮った写真集のタイトルを「人町」としていますが、さすがですね。このあたりを歩いていると、まだ、そんな匂いを感じます。
今日は、自然の食物が身体にとっては栄養であり薬でもあるように、こういったまちは、人の気持ちや精神の、栄養であり薬にもなっているのではないか?と感じた次第です。風景って、ただ眺めるだけのものじゃなくて、人にとって、かなり大切なものなんですよね...きっと。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。

サンライズ 810

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拙ブログを訪ねてくださる方々は、お気づきか?と思いますが、僕は、完全に夜型人間でして、夜の10時頃から明け方にかけてがいちばんの活動時間です。最近になって、その時間帯を、グイと戻そうとはしているのですが、長年の習慣というものは、そう簡単には変えられないもので、毎日のように、「あれ、もう明るくなってきた...」という頃に床に就く、という状態です。
したがって、昨夜も、当然のように、作業を切り上げたのは空が白んできた頃でした。その時間は、僕にとっては深夜中の深夜(^^;ですが、世間では「朝〜」と言いますね(^^; 空が白みはじめると、そこから明るくなるのはあっという間です。あまり明るくなってから床に就くのは、何度経験しても、あまり気持ちの良いものではありません。てなわけで、そこからは実にテキパキと動き、あっという間にベッドにモグリ込みます。
が、今日の早朝は、ブラインドの隙間から漏れる光が、いつもとはちょっと異質に感じられ、ブラインドをちょっと手で押して、外の様子を見てみました。すると、なんとも空気がクリアです。そして、目の前に建設中の、我が家から西日を奪った憎っくき(^^;マンションの覆いに、赤味の強い太陽の光があたり、皮肉にも、清々しさを感じさせるほどの光景が展開していました。う〜ん、放っとけないな〜という感じで撮ったのがこの写真です。
この空気感、光の具合、ともに先日の台風の置き土産なのでしょうが、南の島と互角です。都心では滅多に見られないのでは?と思います。ま、早起きの方にうかがってみないと分かりませんけど...(^^;

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。

菊坂の津波

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夕方、買い物に出た家内から電話が入り、「今日も夕焼けがきれいになりそう...」というので、早速、カメラを抱えて外に出ました。近場で前景が雰囲気ありそうなことろは...ということになると、まず頭に浮かぶのが菊坂です。もう単純です。とりあえず、そちらに向かって歩きはじめました。
真砂図書館の前を通り過ぎ、菊坂全体を見渡せる、炭団坂の崖上に立ってみると、空の雰囲気がやや昨日に似ています。もしかすると来るかも?と、すこしだけ期待に胸を膨らませます。そして、炭団坂を下り、菊坂の下道に出ました。頭のなかには、「菊坂下道がずっと続いていて、銭湯の煙突や電柱が絡み、その向こうに夕焼け空が...」などという構図を思い浮かべてながら...。
ところが...です。下道に入った途端、そんな目論見は、およそ見当違いだったことに気づきました。きれいな夕焼け空どころか、先日来、菊坂は大規模な津波に襲われていたのです。しかも、巨大な凸凹津波に...。今日、この場に立つまで、すっかり忘れていましたが、現在、炭団坂の崖地に高層の大規模マンションが建設中で、その現場を覆うフェンスが邪魔をし、菊坂下道からは、首を上に向けなければ、空なんて見えない状態になっていたのです。
しかし、「路地の向こうに高層ビル」という構図は、都心では当たり前のように目にするようになってしまいましたが、それでも、この菊坂の例はかなり強烈です。路地とマンションとの距離が、あまりに近いからなのでしょう...眼前にそそり立つ...という感じがして、すごい圧迫感があります。いまにもこの波が崩れてきそうな気さえします。
実は「これは画像ソフトで、前景と背景を合成したものです」と言ったら、ほとんどの人が信用するのでは?と思います。が、これ、「ありのまま」なんですね〜。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

今日は、曙ハウス関連の、たいへんに喜ばしい報告をさせていただきます。今年の2月に、惜しまれつつも解体された曙ハウスですが、その後、ハウス入口にかかっていた「あのプレートはどうなったの?」という声が、曙ハウスファンのみならず、多くの友人や近隣の方々からも上がっていました。あの建物と同様に、あのプレートは、想像以上に多くの人たちの記憶に焼き付けられていたようです。
実は、あのプレートは、建物解体と同時にゴミになる運命でした。それを何としても阻止したかった僕は、ある古物商さんに、かなり無理なお願いをして、プレート(+手摺り支柱) を取り外し、保管していただいていました。
それが、あれこれと紆余曲折はあったのですが、先月末、ついに、文京ふるさと歴史館に収蔵されることが決定しました。そして、本日、ふるさと歴史館より、「収蔵の最終手続きが終了した」とのお知らせをいただいたのです。もう、これは、このブログを始めて以来、最もうれしい出来事です。これで、あの曙ハウス・プレートは、半永久的に公的機関で保存されることになります。曙ハウスファンにも「最善である」と感じていただける結末ではないでしょうか...。

古物商さんがどなたであるかは、ご商売に差し支えなどがあってはいけませんので、明言しませんが、とにかく、一本気な方で、僕の気持ちを汲んでくださり、ねばり強く誠実に事を運んでくださいました。心から感謝したい思いでいます。
また、以前のエントリーでは、僕は、「ふるさと歴史館あたりが乗り出すべきだ」などと書いてしまいましたが、実は、今回、プレート収蔵に向けて動いてくださった学芸員さんは、そのエントリーをご覧になり、心痛めていらっしゃったことを、後になって知った次第です。曙ハウス解体時には、ふるさと歴史館では企画展準備などに追われ、気になりながらも一歩も動けない、という状況だったということです。また、今回の曙ハウス・プレート収蔵についても、ふるさと歴史館内で賛否両論があり、担当学芸員の方が相当にご努力してくださった結果、なんとか...という状況だったようです。担当学芸員の方には、この場をかりて、お詫びと御礼を申し上げたい気持ちです。
今日の写真は、言うまでもありませんが、文京ふるさと歴史館の倉庫に収まった、曙ハウスのプレートと手摺り支柱です。まったく痛んでいません。久々に会えて、ほんとうに懐かしい思いがしました。
なお、この曙ハウス・プレートなどは、来年2月10日〜3月18日に予定されている企画展「文京まち再発見 II - 近代建築 街角の造形デザイン (仮称)」で、初お目見えすることになりそうだ...ということです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

本郷 元町公園

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わきた・けんいち さんの Blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」でも取り上げられていますが、文京区本郷の神田川沿いに、関東大震災・復興公園で唯一当時の姿を残すと言う、元町公園があります。その裏手には、元町小学校がありますが、この小学校は、真砂町にある本郷小学校に統合され、現在では、田中千代服飾学校の仮校舎として使われています。
さて、この元町公園と旧・元町小学校ですが、実は、文京区では、ざっと言うと「元町公園に体育館を建設し、旧・元町小学校を解体して公園にする」という計画を立てているようです。ま、詳しくは関連ブログなどをご覧いただくとして、とにかく、今日、その元町公園に行って、写真を撮ってきました。以下に、写真の説明を記します。
【左写真】元町公園の入口です。神田川に沿ってはしる外堀通りに面しています。小ぢんまりとした控えめなデザインに好感を持ちます。
【中写真】入口の階段をのぼると、途中から、階段が左右に分かれます。その左右の階段をのぼったところ(公園の中二階orパティオという感じのスペース)に、それぞれ、このようなドッシリとした藤棚があります。ここからは、木々の間から、神田川の向こう岸 - お茶の水方面 - が見渡せます。
【右写真】公園の中二階orパティオのようなスペースと2階部分(いわゆる広場のある公園部分)をつなぐ階段です。その中央には、このように立派なプランターがあります。これは片側だけにあります。

比留間青果店の脇が入口になっていた路地です。まだ比留間青果店が健在だった頃は、この辺りまで進むと、もう路地のなかほどで、表通りとははっきりと違う、私的な空間だな〜という感じがしていました。
この写真は、先日、梅雨の晴れ間に、比留間青果店が解体された跡地の様子を見に行ったときに撮ったものですが、左手後方あった比留間青果店の建物がもう在りませんから、僕の立っている位置が、ほぼ路地の入口ということになってしまいました。そして、右手前方、街灯が立っている辺りも、実は空き地になっています。そこには国有地であることを知らせる看板が立っています。相続時に物納された...と聞きます。
まだ現役の井戸があり、路地の奥には階段、その先は崖で行き止まりです。この素晴らしい条件を備えた菊坂の路地も、比留間青果店が解体されたことにより、ほぼ半分が消えてしまった、という状態です。この表情をいつまで目にすることができるのか...心細い話ですね。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

ヒ鉢植えのゼラ

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昨日、バック・フロム・ザ・ブートの3人と一緒に、根津の赤札堂の裏手あたりを歩いているときに撮った写真です。この一画は、路面はしっかりと舗装されてはいるものの、まだ、昔ながらの面影を感じることのできる長屋が残っています。下見張りと波形トタンが、ともに経年変化し、互いに解け合った状態が美しく、時々、気になって立ち寄る場所です。
昨日は、この一画のどこかに、3人の若いアーティストに立ってもらい、そこを撮影しようと思い、立ち寄りました。そして、この辺りで撮ったには撮ったのですが、結果は、ほぼ全滅(^^; どうにもわざとらしくて...ってやつですね。原因は、僕は彼らに「ポーズ無しのポーズ」を期待し、彼らは僕から「ポーズや立ち位置の指示」が出ると考えていたに違いない、という意思疎通不足につきます。あ〜、言葉と文化の壁は厚かった(^^;
が、まあ、そんな感じですが、とにかく、この場での撮影は切り上げ、次ぎの場所に移動しようと、歩き始めたときに、ふと目に飛び込んできたのがこの光景でした。火鉢にストンと嵌め込まれた鉢植えの先端(実際には後方の鉢植え)に、赤いゼラニュームの花がついていました。周囲の地味な色との対比からか、それが、蛍光色のように際だって見えます。それが、この一画の空気を一変しているようです。ファインダーを通して見ると、トタン家の屋根が、なかなか良いリズムを作っています。というわけで、シャッターを押したのが今日の写真になりました。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

雨の菊坂で

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昨日・今日と、町をうろつく時間はありませんでした。そこで、比留間青果店エントリーの余韻のような写真をアップすることにしました。
いずれも、一昨日、菊坂で撮ったものです。
左の写真は、真砂町と菊坂町をつなぐ炭団坂(階段)を下りてすぐのところにある狭い路地で目にした光景です。こちらは、通りかかるたびに、経年変化した木製ドアと真鍮のノブ、色褪せた黄色い牛乳受け、そして、いつ頃からか...ドアの窓のガラスが割れてしまったらしく...そこを覆うブルーのシート、それらの組み合わせに目を奪われていました。昨日は、それらに加えて、タテに連結したような状態で透明ビニール傘が置いてありました。周囲に暗い色が多く、薄暗いせいもあってか、そのビニール傘が少ない光を吸い集め、輝きを放っているように見えていました。
中央の写真は、菊坂の上道と下道をつなぐ、狭い狭い石の階段です。いまはもう使われていません。その階段にツタが這っていました。それが雨に濡れて、キラキラと輝いています。ここは誰も気に留めそうもない小さな空間ですから、普段は完全に日陰者(^^;ですが、こんな時には、主役に踊りでるようです。
右の写真は、言わずと知れた、樋口一葉が使ったとされる井戸のある路地です。前方に見える背の高い建物の前を、菊坂下道が通っています。そこから、路地に入り、奥まで進むと、突き当たりが階段になっています。その階段のうえから、来た路地を見下ろすようにして撮ったのがこの写真です。こうして見ると、なんとなく、光の十字架が見えるような気もして...。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

比留間青果店

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しとしと雨が降りつづく、いかにも梅雨という日でしたが、菊坂の与太郎さん
TADANZAKAさんから「比留間青果店が取り壊された」というお知らせをいただいていましたので、「更地を見てもな〜」と思いながらも、とにかく自分の目で確認しておこうと...現地に行ってきました。
当然のことながら、比留間青果店の在った場所には、ポッカリと穴が空き、「結構広かったのだな」と思わせる空間ができていました(右写真)。
左の写真は、今年の3月18日に撮ったものです。過去に撮った写真をチェックしてみましたが、どうやら、これが、僕が最後に撮った比留間青果店のようです。この日も雨でした。いまから思うと、涙雨だったのかな?などと思えてしまいます。
拙ブログを始めたばかりの頃、時々こちらにお邪魔していたのですが、ご主人がざっくばらんに昔の菊坂のお話してくださり、暑い日には冷えたお茶をくださったり、お暇しようと思うと、チョイと果物を差し出してくださったりと、とても好意的に接して頂いたことが忘れられません。
ひと昔前の菊坂を想わせる風景が消えたことも残念ですが、僕にとっては、風景というだけの存在ではなくなっていただけに、一抹の淋しさを感じてしまいます。比留間青果店の写真は過去にも何度かアップしていますので、重複しますが、やはり最後に、敬意を表する意味で、もういちど、エントリーさせていただきました。

追:比留間青果店を路地側から撮った写真がありましたので、それもアップしておきます。こちらです。
■関連エントリー:日暮れ時の菊坂 / 夕暮れて菊坂 / 菊坂の風景になった青果店

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

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