江東区の最近のブログ記事

深川暮色

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このエントリーをアップした日、その帰り道で撮った写真です。

この道は、深川資料館通り(旧江東区役所通り)ですが、面白いことに、この道の左側の住所は三好、右側の住所が白河です。もうひとブロックも行くと深川資料館、そこからもうひとブロック行くと大通り(清澄通り)に出ます。大通りに出ると、地下鉄大江戸線の清澄白河駅があります。

というわけで、この光景は、その駅に向かっているときに目にしたものです。

この日は、暮れてゆく空の色がわりときれいでした。そして、こうして歩いていると、都心に近い東京なのに、背の高いビルの姿が見えません。土地が平坦なところにもってきて、この連なる低い建物のシルエットです。これまで気づきませんでしたが、なんだか、やっぱり深川だな...と(^^; 妙に納得したりしていました。

すると、そこに、江戸風情とはおよそ縁遠い雰囲気のカップルの姿が...。実は、この通りを歩いていると、そんな、なんとなく「この通りとは場違い?」という感じのする若者をよく目にします。どうやら、このずっと後方に在る現代美術館が目的の人種のようです。

が、まあ、そんなことはどうでも良いですね(^^; とにかく、(デカい電飾看板は興醒めですが) 商店から漏れて暗い通りを照らすあかり...。そのあかりにシルエットになって浮かぶ人影...。薄いあかね色の空と低い家々のシルエット...という背景。しかも、ここは深川...。何か物語れそうな感じがしません?(^^;

【場所】江東区白河2丁目あたりです。

深川 田巻屋

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ここは深川資料館通り(旧江東区役所通り)の商店街なかほどです。深川名物...というくらいに有名な呉服の田巻屋さんです (と言っても、僕は、この日はじめてこの建物を目にしたのですが...(^^;)。

実は、昨日、この近所にある深川いっぷくで、「いっぱこ古本市」が開催されていて、そこにじんた堂さんも出店なさっていました。というわけで、本を買う...よりも、もっぱら邪魔をしに(^^; 行ってきました。

で、その場所に向かっているときに、この威風堂々たる建物(^^;に遭遇しました。最初に視界に入ってきたときは、我が目を疑う...という感じです。これまでの人生経験からでは計れない感覚の存在(^^;です。
そして、とにかく、横幅がありますしデカイです。また、垂れ幕や幟(のぼり)などもあるせいか、浅草あたりの芝居小屋(^^;といった雰囲気も感じられます。もう感心するしかありません...。

ところで、最近は、肖像権や何やらで、まちで建物や店を撮るのがとても難しくなってきてますが、こちらは、実に快く撮らせていただくことができました。しかも商店街の小冊子までいただいたりして...。そこで思いましが、やはり "意気" って大事ですね。

■田巻屋さんのホームページはこちら(音が出ます)です。

【場所】江東区三好2丁目あたりです。

運河沿いのツタ家

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東陽町辺りはそこそこに歩いていましたが、それも州崎の名残のある辺りまでのことで、そこから先は未踏状態でした。それではいけない...ということで、今日、なんとなく、その気になり(^^; 東陽町から南下し、運河のある辺りまで行ってきました。

いや...やはり歩いてみるものです。今日の写真にあるように、とんでもなく魅力的な風景に出会うことができました。

ここは、汐浜運河沿い...とも言える位置です。運河沿いには、とかく、トタンを多用したバラックなど、魅力的な建物が建っていたりするものですが、ここも例外ではありませんでした。こちらは、トタンではなく木造モルタルの家ですが、全体がツタとプミラ(のような植物)に覆われ、そのツタが紅葉し、このように、見事な状態になっていました。

しかし、僕が立っている位置は、行政が再開発のために確保した土地にありがちな、金属網のフェンスに囲われた場所です。この一帯には、運河沿いに...ですが、そうした空地が多数見られました。この家も、そう遠からず整理(?!)されてしまうのでしょう。

【場所】江東区東陽1丁目あたりです。

深川の祭り

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tk1254_1.jpgtk1254_2.jpg週末にかけて、深川あたりはお祭りでしたが、今年は、富岡八幡宮の三年に一度の本祭りとあって、なんと55基もの神輿が深川に集結し練り歩くといいます。それも「木遣り、手古舞が先導...」というから惹かれます。そのうえ、深川の祭りは、水掛け祭りとしても有名で、その水掛けたるや半端ではないようです。それも気になります。 そんなわけで「この祭り、一度はこの目で見ておかねば!」と思っていたところ、それを見透かしたか(^^;のように、深川散策の達人より「祭りの深川はいかがですか〜」というお誘いが...。「はいはい、それを待ってました!(^^;」とばかりに、二つ返事で、ご一緒させていただくことにしました。そして今回は、もうお一方、やはり深川あたりにお詳しい運河好きotoko(^^;さんもご一緒...ということになり、メンバー的には万全の構えです(^^;

というわけで、お昼ころ、深川に集合。まずは永代橋あたりに向かいます。そして、永代2丁目の交差点に到着すると、いくらも経たないうちに、「おおっ、あれは木遣りでは?」と思われる集団の姿が...。それが近づくにつれ、その後方に、手古舞がつづいているのも見えてきます。どうやら、55基の神輿の行列の先頭が永代橋を越えてきたところに出くわしたようです。このタイミング、実は深川散策の達人の計画によるものかもしれませんが、こうして、先頭から見ることができた...というのはラッキーでした。

写真は、2枚ともに永代2丁目の交差点を通る神輿を撮ったものです。ここでは、水掛けとは言っても、消防による派手な放水があり、水煙の向こうに御輿が霞みます(^^;

で、祭り...と言えば、明るく陽気に賑々しく...というイメージですが、反面、寂しさや暗さもつきものですよね。その両者間の振れ幅が広いほど、味わい深い祭り...ということが言えそうな気もします。また、この写真には、歩道橋やビルが写り込んでいますが、神輿や担ぎ手のあたりの様子に目をやると、背景との時感覚のズレのようなものが感じられてなりません。ってなことを言ってみたかったのが、今日の写真なんですが...(^^;

【場所】江東区永代2丁目あたりです。

小 津 橋

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今日は、じんた堂さんと、深川の住吉神社詣でがてら、江東区の南部…大横川沿いを、特に狙いを定めずに散策してきました。
ほんわかと晴れた日に、骨がありながら、やはりほんわかとしたお人柄のじんた堂さんと歩く、牡丹・古石場あたり…。高い建物が少ないせいもあってか、上空がひらけた感じがし、終始、のんびりと穏やかな気分で過ごすことができました。
特に狙いを定めず…と書いたとおり、今日は、足の向くまま気の向くまま…です。途中、何度もお茶兼休憩をはさみます。が、休憩のポイントは、実は、じんた堂さんが、ちゃんと考えてくださってたようで、そのなかのひとつが、古石場文化センターでした。その館内には、小規模ながら、小津安二郎 紹介展示コーナーがあります。その展示をひと通り見て、さ、散策のつづき…と思ったときでした。展示コーナーの案内板に「12月12日は、小津の誕生日にして命日にあたる」旨の掲示があるのに気づきました。
僕は、小津映画を観ているとは言えませんが、彼の存在がそもそも好き…という、ちょっとズレたファンではあります。そんな僕が、初めて、しかも偶然に、小津安二郎 紹介展示コーナーを訪れた日が、偶然にも、彼の誕生日にして命日です…。う〜ん、なにやら縁を感じます(^^; というわけで、せっかくですから、古石場文化センターの近くにある小津橋へも…。てなわけで、今日のエントリーになりました。

豊洲カナリスト

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ここは豊洲です。地下鉄・豊洲駅を出て、北にちょっと歩いたところです。右の広い通りは晴海通り。この道を車で10分も走れば、もうそこは銀座…です。
この辺りは、現在、石川島播磨重工の造船所跡地の再開発中で、写真をご覧いただければわかるように、あちこちで巨大なビルが建設されている真っ最中です。そして、まだまだ広大な空き地も残っています。いずれそれらもすべて巨大な建物や施設で埋められるのでしょうが…。
ひと頃は、銀座から晴海を抜けて、この辺りまでくると、いかにも埋め立て地…という殺伐感を感じたものですが、いまやマンションも増え、大規模な複合商業施設もできて、そのイメージが大きく変わりつつあります。
この辺りでは、外国人の姿もよく目にしました。この写真に写っている女性は、その雰囲気からすると、海外から日本に派遣された駐在員の奥さんで、ビジネス街に近いという地の利の良さから、この辺りのマンションに住んでいるのかな?という感じがします。日常の移動に、車ではなく自転車を使う…というのが、平坦なこの土地では、実に合理的ですし、同時にエコでもあり、ひいてはオシャレ…とも言えるのでしょう。
最近、このあたりのマンションが人気だそうですが、その住人を、運河のある土地にお洒落に住む…という意味を込めて、カナリストと呼ぶんだそうですね。ま、売る側の造語…という感じもしますが、この写真のような風景は、まさに、その語に含ませたイメージのひとつなんだろうな〜と思った次第です。

【場所】江東区豊洲2丁目あたりです。

宇宙船ヒミコ

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昨日にひきつづき豊洲で撮った写真です。ま、撮った場所よりも、ヒミコという船がすべて…という感じです。
この目をひくデザインは、アニメ界の巨匠・松本零士氏によるものだそうですが、まさにアニメから飛び出した宇宙船…という感じがしますね。僕は、アニメファンでもなんでもないのですが、この船には、何かワクワクさせるものを感じます。僕がアニメを見ていないせいなのか?「ヒミコ」という名前はピンときませんし、これが「水上バス」と呼ばれることには大いに抵抗を感じます(^^; これだけのデザインの船に「水上バス」はないだろう…という感じですね。ま、運行のしかたなんだから仕方のないことですけど…。
このヒミコですが、これまでにも何度か目にしたことはありました。が、隅田川を航行している姿を遠くから眺めた程度でしかなく、いちど間近で見てみたい…と、ずっと思っていたのですが、今日、豊洲で思わぬ出会いをしてしまいました。サンセット風景を撮ろうかな?と、ららぽーと豊洲の建物を抜け、ドック側に出たときです。思いもかけないことに、ドックにヒミコが停泊していました。夕方、浅草に向けて出航する便が、時間待ちをしているところでした。オレンジ色の夕陽を浴びてゆったりと佇むその姿に、歳を忘れてコーフンです(^^; ま、中身はフツーの水上バスで、それに仮面をかぶせただけなのでしょうが、やはり、かっこいいですね〜。サンセット時には、地球も宇宙感覚を取り戻しますから、これはもはや宇宙船と呼んでよいでしょう(^^;
これで、もし、船尾にジェットエンジンでも搭載していたら、僕は、この時、ドックに飛び込んでましたね…(^^;

【場所】江東区豊洲2丁目あたりです。

豊洲のサンセット

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銀座の先の晴海の先の埋立地の豊洲の元石川島播磨重工業の造船ドックだった場所の一画に(^^;「ららぽーと豊洲」という大型商業施設ができたのは昨年のことだそうですが、今日、初めて、その施設を訪ねてきました。
行く前は、その施設のなかのあるショップをちょっと見て、他所へまわる予定だったのですが、その施設たるや、さすがに造船所の跡地に建っただけあって、広い広い…。また、その建物の裏手は、やはり元造船所だけあって、すぐに海(運河)です。
この何年か…というもの、来る日も来る日も、都内の路地をウロウロしてばかりいましので、なんだか塩水を見るだけでコーフンしてしまいます(^^; で、結局、日が暮れるまで、そのあたりの物見に終始してしまいました。
そうなった理由はもうひとつあります。小型台風20号が通過した翌日で、大気がとてもきれいだった…ということです。大げさに言うと、空気の粒子一粒一粒が輝いているような感じでした。特にサンセットを迎える頃からは…。
今日の写真は、実は、掲載をためらうほどにありきたりなお恥ずかし構図ですが、まあ、太陽が沈んだ後の空のグラデュエーションが、東京の空としてはかなり美しいレベルだ…と思いますし、僕としては久々に目にしたものでしたので、それをご覧いただこう…と思い、掲載することにしました。
ところで、写真右端中央にちらと見えているのは富士山です。

【追記】昨夜、これは湘南あたりのブログにサンセットの様子が続々と掲載されるだろう…と思っていましたら、そうでもないんですね。ちょっと拍子抜けしてましたら、さすがにこちらにはアップされました。
【場所】江東区豊洲2丁目あたりです。

亀戸駅前の路地で

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亀戸駅の改札を出て、正面右手方向に歩くと、すぐに、昔ながらの駅前飲み屋街があります。細い路地の両側に一杯飲み屋などが連なり、派手な電飾看板が存在を誇示している…という、よくあるパターンの一画です。さほど規模は大きくありませんが、なかなか活気があります。その路地のなかほどに、その路地から折れる、更に細い路地がありました。その路地の両側にも、やはり飲食店などが並んでいますが、すでに閉鎖した店などもあり、この一画が、そう景気が良いわけでもないことを象徴しているようでした。が、そのなかほどにコインランドリーがあり、そちらは目立たない場所にも関わらず、けっこう人の出入りがあり、なかなか繁盛している様子でした。なかには、建設現場での仕事を終えたトビ職人の姿も…。
今日の写真は、そのコインランドリーのあたりから撮ったものです。細い路地は、ちょっと陽が傾くと、すぐに暗くなってしまうため、センサー付きの街灯が早めに点灯するようです。ここは、そう人通りもない路地にしては、街灯(と言って良いか否か?ですが)の数が多く、それが妙に目につきました。もしや、電飾看板がほとんど無く、その明かりが期待できないため、その代用…なのでしょうか…。設置理由はともかく、ここでは、その街灯の並びに、なんだか心地よいリズムを感じました。唄っているのか…踊っているのか…。そして、網状になった電線や、トタンやテントの色の取り合わせ…といった脇役も渋く、なかなかのものでした。

【場所】江東区亀戸5丁目あたりです。

中乃茶屋

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昨日のエントリー「亀戸のプチガウディ」の続きです。今日、再びこちらを訪ねてきました。夕方の開店を待ち、内部に突入。そして、蕎麦を食してきました。値段は、なんと、もりが300円、きつね/たぬきは380円、ざるも400円と、極めて良心的です。量も多いし...。つゆは濃いめですが、僕は好みでした。こちら、外からは蕎麦専門に見えますが、屋号が中乃茶屋となっているだけに、実は、メニューに中華麺もありました。

まずは、その中乃茶屋という屋号の由来です。これは、いまのご主人の曾祖母にあたる方が、昔(江戸時代ですね)、富山のとある峠に茶屋をだしていらしたのだそうですが、その茶屋は、参勤交代の大名が立ち寄った...というほどに由緒あるもので、その屋号を中乃茶屋といったのだそうです。
時代は変わり、故有って、ご主人の父上が、この地のこの建物を入手さなり、蕎麦屋を開くにあたり、「そういえば、我が家には中乃茶屋という屋号があった」ということから、その名を復活させたのだそうです。
そして、もうひとつ衝撃的な事実が...。この辺りは、亀戸神社・天祖神社の近くです。昔から、神社・寺社のまわりには、とかく三業がつきものです。と書けばもうピンとくる方もいらっしゃるでしょうが、この辺りは、昔は遊郭があったところなのだそうです。そう言えば、新小岩の遊郭を拓いたのは、この亀戸遊郭の人たちが中心だったことを忘れていました。それを耳にしたときに、「そうか...ここだったのか...」と、なぜかとても感慨深いものがありました。

この辺りを、何も知らずに歩いていたかぎりでは、昔この辺りに遊郭があった...という名残も見当たりませんでしたし、そういった匂いも感じませんでした。しかし、まさに灯台もと暗しです。実に、この中乃茶屋さんの建物こそが、その唯一...と言っても過言ではない、名残だったのです。そして、元々は、この三角屋根の部分は、両方に広がっていたのだそうです。が、理由あって半分を手放されたときに、右半分だけを取り壊し、現在の姿になった...ということでした。

いや〜今日は、こういった話をうかがっただけで、感動とともにドーンと疲れた感じがしました。そして、この建物が、なんだか違って見えはじめました。偉いです...この建物...。

【場所】江東区亀戸3丁目あたりです。

今日の写真は、亀戸で発見したプチガウディです。以前、拙ブログで、文京区
白山のプチガウディを紹介しましたが、白山のほうは、もう取り壊されてしまいました。
この両者、なかなか甲乙つけがたい出来ですが、白山版はちと仕事が荒かったですね。この亀戸版のほうが、あらゆる面で、仕事が丁寧ですし、ふんだんに波形トタンが使われているところにも好感が持てます(^^; その色も、意図してか偶然か...ブルーからグリーンへのグラデーションには目を見張るものがあります。途中に、経年変化による中間色が配されているところなど、単に偶然とは思えません(^^;
正面の三角屋根部分と、後方のブロックを積み上げたような、何階建てなのかまったく読めない部分とのバランス感覚の欠如ぶり...これがかえって力強いですね〜(^^; 参ります。ほんとうは、その後方部分に魅力が詰まっていますので、そちらを撮った写真をエントリーしたいところですが、そちら側はなんせ道幅が狭く、また、すぐ隣には3階建ての家が接近して建っているため、満足のいく写真が撮れませんでした。
ま、この角度から見てもすんごいのですが、裏手から見ると、足が震えるほどなんです(^^; 実は...。いや、久々に、心を鷲づかみされるような惹かれかたをしました。こんな素敵な建物が潜んでいたとは...。亀戸界隈...もっと歩いてみなくては...です。

【場所】江東区亀戸あたりです。

ワンド 東西

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つい先日、初めて大阪を散策しましたが、その多少の予習中に「ワンド」なる言葉に出会いました。恥ずかしながら、これまで、この言葉すら知りませんでしたから、どんなものなのか? ネットで調べてみると、淀川河川事務所HPに「淀川のわんど」についての興味深い記事が掲載されていました。そこから一部を要約すると「ワンドとは、川の改修工事によって(たまたま)生まれたもので、本流とつながっているか、水が増えたときにつながる、河川敷の小さな池のこと」で、「ほとんど流れがないため、さまざまな希少な生き物や植物が生息できる」とあります。
東京では、このような風景を目にした記憶がありませんし、上記HP中に「淀川特有」という文字も見えますので、これは、東京人が知らなくても、そう不思議はないのかもしれません。…と、自分を納得させたわけです(^^;
で、とにかく、大阪散策の際に、実際にワンドなるものを、この目で見てきました。確かに、とかく殺風景になりがちな放水路の河岸が、ワンドの存在で「水辺」に様変わりしています。釣り人や家族連れの姿が見え隠れする様子を眺めていると、「これは親水効果ありだな」と思えてきます。右の写真が、その、淀川のワンド風景です。
そんなわけで、ワンドが気になっている僕ですが、なんと、このところ歩いている、旧中川沿いで、それを造っているところを目にしました。左の写真がその現場ですが、もう工事は終わり、自然が、ワンドにしてくれるのを待つ状態になっているようです。
しかし、こんなことも大阪散策の効果ですね(^^; 大阪散策をしていなかったら、これがいったい何なのか?分らなかったでしょうし、もしかすると、ここで写真を撮っていないかもしれません。いや〜人間、日々勉強です(^^; そして、どうやら、水や低湿地との折り合いについては、江戸期以来、大阪は東京のお手本のようですね!(^^;

【場所】(左)江東区亀戸4丁目 / (右)大阪市旭区中宮5丁目あたりです。

旧中川ドテミチ

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旧中川は、墨田/江東区と江戸川区の境となる、昔から存在する川ですが、垂直護岸で整備されているため、見た目には放水路のようです。が、現在、それを、より自然に見える川辺と堤防に改修する工事が行われていました。また、莫大な税金が投入されてるのだろうな〜と、心配にもなりましたが(^^;
この写真左前方に見えているのは、昔ながらの垂直護岸が残っている部分です。これは、人の暮らしと川を切り離し、そうでなくとも工場が多く、やや殺伐としがちな川辺の風景を、より一層殺風景にする立役者ですね(^^; 実際に歩いていても、「垂直護岸を絡めて撮ろう」と思うことはまずありません。あったとしても、きわめて稀です。
この道は、二日連続で歩いたのですが、前日は、まったくの素通りでした。が、この日は、ビートルが駐車していました。しかも、前傾で、フロントを地面にめり込ませているように見えます。それだけで、殺風景だったこの場の雰囲気がまったく違っています。何か、妙にユーモラスで惹きつけるものがあります。で、ついには、その写真をブログ掲載です(^^;
ところで、余録ですが、このビートルの駐車態勢から、土手道と町の地盤との高低差が、かなりありそうだってことが分りますよね。

【場所】墨田区立花3丁目あたりです。

亀戸水神あたりで

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前エントリーからのつづきです…。その東武亀戸線、最初は、東あづま駅で下車するつもりだったのですが、走りだした電車の窓から、「これはもう完全に地方の町…」としか思えない景色を眺めているうちに、「これは電車に乗っている場合ではない(^^;」という気になってきました。
そこで、次の駅・亀戸水神で下車し、いま来た方向に歩きはじめました。すると、もうまもなく…です。古びたモルタルのアパートや町工場、平屋の長屋などがたち並ぶ一画にでました。京島や文化、立花といった町からそう遠くはない町ですから、これまで歩いていなかったことが不思議なくらいなのですが、もっと早く来るべきだった…と、後悔したくなるほどです。これは田舎町です。良いです。
そして、実は、このエントリーの主役はこちらです。右の写真に写っている家の出入口に寄って撮ったものです。なんとも胸にくるものがありました。工夫の跡にも涙ぐましいものがあります。ふっと、「くらしぶり」という言葉を思い浮かべましたね〜。

【場所】江東区亀戸8丁目あたりです。

今日も、昨日にひきつづき、スカッと晴れた気分の良い日でした。あまりに光がきれいで、逆に、その光のなかで、どこを歩こうか?と、迷ってしまうほどでした。やはり大田区か…とも思ったのですが、このところ、ちょっと通い過ぎです(^^; 趣向を変えて、亀戸から出ている東武亀戸線に乗り、東あずま駅あたりで下車してみよう…ということにしました。
総武線の亀戸駅は、もう何度も通過していますし、下車したこともあり、まあ知ったところ感覚ですが、その亀戸が始発終着駅となる亀戸線には、まだ乗ったことがありませんでした。それどころか、実は、存在すら知らなかった…という感じです(^^;
というわけで、総武線の亀戸駅で下車し、東武線の亀戸駅に向かいました。これが、改札からホームを見渡してビックリです。まるで田舎の駅…という感じです。今日の光のせいもあるのでしょうが、夏休みに田舎を旅している…という気分にさせてくれます。こいつは良いです。しかも、ホームに入ってきた電車が2両編成。これがまたよろしいです、ローカル感覚がより強くて…。そして、もうひとつこんな光景も見られました。もう、いよいよローカルですね。
しかも、どの要素をとってみても全く「ローカルっぽくしている」匂いなどなく、"素"ローカル…という感じです。車窓からの眺めも、鄙びを感じさせます。この東武亀戸線、すっかり気に入ってしまいました。

【場所】江東区亀戸5丁目あたりです。

北砂の古老家屋

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今日も砂町からです。砂町銀座という東西にのびる商店街がありますが、その北側に、この、いかにも古そうな家が残っていました。正面から見ると、こんな感じです。
2階部分の天井の低さなどから、なんとなく、江戸末期あたりに建てられた長屋に雰囲気が似ています。が、1階部分を見ると、表に面したところに廊下があり、それらとはちょっと造りが違います。また、こういった家屋は、とかく、長屋だったものを切り離したために一軒家になった…というケースが多いのですが、そういった場合は、通常、側壁面がトタンなどで覆われています。が、この家の側壁面は、押縁下見張りで、もうかなりの経年変化が見られます。ということは、元長屋…ではなく、建った当時から一軒家だったようです。というわけで、なんとも素性が想像つかず、不思議に思っていました。
それが、この家の前を何度目かに通りかかったときに、こちらのご主人とお話する機会を得ました。早速、この家の素性を伺うと、この辺りは、戦災で焼け野原になり、戦後、バラックが建ち並んでいたところ…ということでした。この家も、元々は、そんなバラックの一軒だったものを、改築・改修・増築を重ね、最終的にこういう姿の家になった…ということでした。したがって、意匠などとは全く無縁であり、偶然にこうなっただけだ…と仰っていました。
が…です。それにしては魅力のある形をしています。いや、それだからこそ…なのかも知れません。キチンと設計して造られたように見えますが、そこに、素性…バラック感覚…が見え隠れするからなのかも?ですね。しかし、よくぞ残っていてくれたものです。偉い!(^^;

【場所】江東区北砂3丁目あたりです。

砂町の断片

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このところ三四日ほど砂町界隈を歩いています。実は、砂町あたりは、大型再開発の対象となりやすい土地柄だし、かなり建て替えも進んでいるので、さほど興味深い風景には出会えないのではないか?と、たかをくくっていました。が、それは大間違い。まだまだ元気いっぱいの砂町銀座商店街を中心にし、その裾野には、ひと頃の砂町を感じさせる、うなるような風景が潜んでいました。もう1日1枚では、追いつきません(^^; というわけで、今日は、ドンと並べて、砂町の魅力の一端をご覧いただくことにしました。

低湿地橋詰景

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低湿地帯には、当たり前ですが、坂らしい坂というものが見あたりません。高低差が無いわけではありませんが、あったとしても、その多くは、階段にして2、3段程度です。が、そんな低湿地にも坂はあります。判で押したように、橋のたもとに…。
ここは、丸八通りと仙台堀川緑道が(立体)交差する位置です。したがって、仙台堀川が埋め立てられるまでは、それを跨ぐ橋が架かっていたわけで、この坂は、その橋のたもと…ということになります。
しかし、こうして見ると、高層マンションも見えてはいるものの、風景全体がフラットで、都心のビル林立景や長屋の路地景を見慣れた目には、なんとも不思議に映ります。
また、都心で、坂道は見慣れているはずですが、やはり、「道路は水平」と、頭のどこかに強くインプットされているらしく、更に、パッと目に飛び込んでくるブルートタンの工場がフラットかつ横長であることも手伝ってか、「どれが水平な線なのか?」迷ってしまいます。頭では分かっていても、目と三半規管がそれに付いてゆけない…といった感じです(^^; 結局ここでは、同じ構図で、かなりの枚数を費やすことになりました。

【場所】江東区南砂5丁目あたりです。

仙台堀川公園

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江東区には、江戸期の運河の名残りがあちこちに見られ、それが、この辺りの風景を特徴づけている…と言えそうです。ここも、そのなかのひとつ、仙台堀川公園に含まれる広場です。場所的には、幅の広い緑道となっている仙台堀川公園と、丸八通りが交差するあたりになります。
北砂町から丸八通りを南下して、南砂町のこの辺りまで来ると、そこそこの規模の工場や倉庫が目に入りはじめ、いかにも埋め立て地…という匂いが強まってきます。そして、工場や倉庫ばかりではなく、中層の古そうな団地も建ち並び、その間隙をつくように、まばらに、新しい大型のマンションが聳えています。
そんな環境のなかで、仙台堀川公園の緑と水は、救いになっているようです。が、ちょっと歩いてみると、緑道の常ですが、稚拙な意図がイヤと言うほど見える設計が施され、どこを見ても人工的です。が、そのなかに、放置されたような空間がありました。おそらくは広場として残されたものでしょう。
その空間が問題です。正面には、「東邦ステンレスKK」と、右から左に書かれた文字看板のある工場が見えます。右から左に…ということは、この建物、かなり古そうです。広場との境になっている塀も、相当に古そうで、「もしや昔の堀の護岸か?」と思わせるものがあります。そして、手前は砂地です。これらの組み合わせの前では、木もほとんど無力です。なんとも殺伐とした風景です。しかし、ひと昔前の南砂町一帯は、こんな風景のまわりに葦原が広がる、寒々とした、いかにも埋め立て地といった感じの土地だったのでしょうね。
しかし…です。僕は、わざとらしい緑地公園内に居るときよりも、この殺伐感の強い風景の前に立ったときのほうが、ずっと平穏な気分でいられました。この空間、なぜか惹かれるものがありました。

【場所】江東区南砂5丁目あたりです。

北砂夕景

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江東区にある砂町銀座という、いまだに賑わいのある商店街と並行に通っている道です。その商店街は、ほぼ東西に伸びているため、太陽が傾くと、通りの入口から出口まで、全体が照らし出されます。これは、当然のことながら、商店街と並行に走っているこの道でも同様です。
この日は、晴れていましたが、西の空には、雲がかかっていました。が、その雲が薄く、太陽が隠れても、辺りは、ド〜ンと暗くなるのではなく、フワッと減光しような感じて暗くなる…という状態でした。
ところで、僕は、このとき、写真のすぐ右手にある古い建物(写ってはいません)を撮り、そろそろ南砂町駅に向かおうかな?と考えていました。すると、この近所に住んでいるらしい、やたらに人なつこい男の子が近寄ってきて、「おじさんカメラマン?」から始まって、「何撮ってんの?」「なぜ撮ってんの?」など…あれこれと定番の質問をしてきます。仕方なく、しばらくは相手をしていたのですが、だんだん際限がなくなってきたため、「もう仕事だからね」と言いくるめ、とにかく写真を撮るふりをして振り切ろうと思い、カメラを構え、西の空に向けました。
すると、薄雲にかなり濃淡があるため、太陽が、様々なバリエーションで顔を覗かせたり隠したりし、その都度、この通りの明るさが微妙に変化しています。それとともに街の表情も…。「あ、なんとなく、昔、海沿いの街で撮っていたのと同じ光だな…」と、光の具合に懐かしさを憶え、そのままシャッターを切った次第です。

【場所】江東区北砂3丁目あたりです。

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