葛飾区の北西端にある小菅というまちは、東京拘置所のあるまちとして知られていますが、拘置所が置かれるずっと前から人の暮らすまちが存在し、その歴史が思いのほか古いことは、あまり知られていないように思われます。
しかし、現地を歩き、住人の方々にお話をうかがうと、とても興味深い土地柄であることが分かってきます。そんなことから、自分でも思いもよらず...でしたが、つい、地図を広げたり、何度か足を運んだり...ということになってしまいました。
というわけで、小菅はこれからも注目の地(^^;になりましたので、ここに地図や資料をアップしておくことにしました。

以下は、『江戸明治東京三層重ね地図』で見た、小菅から北千住一帯の地理的変遷地図です。
左が明治期、右が平成期、中央が両者を重ねた図です。


小菅むら風景

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晴れた日の小菅です。いちばん奥に見える白いビルは、東京拘置所(左手)と最近建ったばかりの公務員宿舎(右手)です。小菅のまちと拘置所&関連施設とは、こんな距離関係にあります。

これまでは数メートルの高さのコンクリート壁が、まちと拘置所とを隔離していました。が、いま、その壁が取り壊されつつある最中です。そして、元拘置所の敷地であったところに、数棟のマンションのような宿舎が建ち、もうすぐそこへの入居も始まろうとしています。

そういった変化が、このまちの過疎化傾向を止める効果があろうことは容易に想像できますが、その他にどんな効果をもたらすことになるのか...。単純に活性化につながるのか否か...見守りたい気にさせられます。

写真は、そんな嵐の前の静けさを感じさせる小菅のまちの風景です。空き地にしげった雑草と二軒長屋の瓦屋根に、この日は、ちょっとけだるい夏の日差しが注いでいたせいもあって、なんとも長閑な風景です。そして、戦争前後からついこの間までは、こんな風景だらけの土地だったのでは...と思われます。が、それもそろそろ...なのでしょうね。

【場所】葛飾区小菅1丁目あたりです。
ここは小菅(こすげ)のまちのなかほどです。看板などはありませんが、店の構えから分かるように、駄菓子屋さんです。この裏手には小学校、はす向かいには銭湯もあることから、小菅1丁目の住人であれば、どうあっても日々通りかかる場所のようです。

数日前に、初めてここを通りかかったときは、こちらは閉まっていました。ガラス戸にはカーテンがひかれ、なかは見えませんでした。上記したとおり、看板なども出ていません。が、それでも、きっと駄菓子屋さんだな...と思わせるものがありました。また、お店の多いところではありませんから、ちょっとした生活用品や雑貨なども並んでいるのかな?とも...。

それが、先日、再度ここを通りかかると、戸が開かれていて、店内を見ることができました。僕の想像は半分当たりで半分外れ...でした。こちらは、ちょっとしたオモチャなども置いてある、100%駄菓子屋さんでした。

見ていると、けっこう子供たちが集まってきます。ちょっと嬉しそうな表情を浮かべて...。小菅1丁目の子供たちにとっては、この駄菓子屋さんは、日常の小さなワクワクが詰まった基地のような存在なのでしょう...。

ところで、こちらは昭和33年の開業で、以来、この場所でご商売をつづけていらっしゃるそうですが、ごく当たり前感...といいますか、ごく普通感...といいますか、日常という言葉がピッタリとくる、そんな感じがとにかくたまりませんでした。

追:タイトルにある「小菅むら...」ですが、これは、小菅1丁目住人のおひとりから「ここは村だよ、町へ行く...と言うくらいだから(笑)」と聞き、それが何だか言い得ている気がし、タイトルにいただいた...というわけです。僕なりに親しみを込めて...。

【場所】葛飾区小菅1丁目あたりです。

八丁堀異景

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用あって八丁堀に行ってきました。地下鉄の階段をあがり、地上に出てみてビックリです。交差点角にあった建物が無くなり、写真のような風景がひろがっていました。

八丁堀には、昔は、仕事の関係でけっこう頻繁に来ていたのですが、数年前からはすっかりご無沙汰していました。そして、今日、ほんとうに久々に...という感じでした。

この場所には、コンビニやケンタッキーフライドチキンなどが入る建物(平屋だったと思います)があって、その屋根のうえに大きな宣伝用の看板があったことが印象に残っています。したがって、この区画には、わりにゴチャッとした雰囲気を感じていました。

それが、今日見ると、この有様です。建物が無いだけではなく、ポツンと残された店舗の側面が、ほんの一部分を残してトタンで覆われ、それがまだま新しくてツルンとしています。なんだか痛々しいですね。また、後方のビルといい、手前の砂利を敷いた地面といい、とにかく味も素っ気もありません...。

まわりの風景がここまでくると、華を添える(^^;かのように生えた雑草も、侘びしさを増す効果あるのみです。これだけひどい風景も珍しいです...。

【場所】中央区八丁堀4丁目あたりです。

柳原マッサージ院

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北千住を歩いてきました。北千住といっても、このところ小菅を歩いていましたから、その"かつての隣町"とも言えるところを中心に...です。町名で言うと、日ノ出、千住旭町、柳原あたりです。

それらのまちを含む一帯は、以前にかなり歩いていますから、「あ、懐かしい」と感じる建物なども多々あります。が、「おお、こうなったのか」という変化も多々あります。まちは動いてますね、やはり...。

そんな調子で歩いていると、柳原の、わりと荒川に近いあたりで、今日の写真に収まっている柳原マッサージ院の前を通りかかりました。周囲には新築の家が並んでいたこともあって、辺りの雰囲気が以前と違い、チラと目にしたときは、こんな所に見知らぬ古い建物が在ったかな?などと思いましたが、近づいてみると、以前に何度も目にした建物でした。

これだけ特徴がある渋い建物ですが、しばらくこのまちを歩かずにいたせいで、存在することすら完全に忘れていました。しかし、相変わらず存在感あります。良いですね...実に...。

この付近には、他にも錆びの浮いた波形トタンの渋い建物があります。そういった建物だらけのまちだったのでしょう。が、今となっては、往事の風景を妄想するのもなかなか難しい...というところまできています。

【場所】足立区柳原2丁目あたりです。

和田写真館

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神楽坂の坂道をのぼり、赤城神社参道の少し手前で脇道に入ると、住宅の並びのなかに黄色地の看板が見えてきます。看板には、蛇腹カメラのシルエットと写真撮影という文字が描かれています。

写真のスタジオだな...と思い、正面まで行ってみると、何点か写真が飾られたショーケースのうえに "YOICHI WADA PHOTO STUDIO" と書かれています。間違いなく写真スタジオです。が、街中でよく目にするDPE店兼の写真スタジオとは、規模は関係なく、まるで雰囲気が違います。ガラス戸越しにチラと見える内部も、機材を含め、なんともクラシカルで雰囲気があります。

というわけで、こちらは、昨年初めて通りかかって以来、ひどく気になっていました。どんな感じなのか...気になりますよね?(^^; こんな感じなのです。

それが、今日、こちらの前を通りかかると、まったく偶然ですが、ご主人がドアをあけて外の様子を見ていらしたのです。思わず声をかけてみると、こちらの思いを察してくださったのか、「まあ、なかに入って話してらっしゃい」とのこと...。大喜びでお言葉に甘えることに...(^^;

足立の風化物

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小菅駅を出て、荒川に沿って上流(北西)方向に歩くと、住居表記が足立2丁目から足立1丁目と変わります。そして、もう少し先まで歩くと、こんどは梅田や関原といった、以前歩いたことのある懐かしい地名が現れます。

と書いたように、足立区の南部はそこそこに歩いたことがありました。が、当時は、南部を歩くときでも、西新井駅で下車し、徒歩で延々と南下していました。したがって、足立○丁目という表記を見る前に時間切れになり、引き返すことになっていたようです。したがって、足立というまちを歩いたのは今回が初めてです。時には逆方向から攻めてみるものです(^^;

足立というまちの雰囲気は、前エントリーにも書きましたが、「半工場半住居」とか「半店舗半住居」といった建物が密集していたところで区画整理や再開発が進んでいる...という感じです。が、2丁目から1丁目に向かって歩いていると、1丁目に近づくにつれ商店が多くなっているような気がしました。

という辺りで撮ったのが今日の写真です。このヤレぶりですから、どんな商売をなさっていたのか...もう全く読み取れません。再生は無理...というところまで傷んでいます。が、なぜか汚さは感じられません。どころか、風化具合が妙に美しく見えます。何なのかわかりませんが...。

もしや、お隣のお店の生活感がこちらまでこぼれだしているのが功を奏しているのかなと思ってみたり...です。

【場所】足立区足立1丁目あたりです。

足立の二軒長屋

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前&前々エントリーと、小菅の風景をアップしていますが、その小菅というまちは葛飾区に属しています。しかし、最寄り駅である小菅駅は、葛飾区ではなく足立区にあります。

したがって、小菅駅で降りて小菅のまちを歩く場合、まずは足立区に降り立ち、すぐに区境を越えて葛飾区に入る...ということになります。これは、葛飾区と足立区の境が、定規で引いた線ではなく、昔の古隅田川のくねった流れに沿って引かれたことに一因があるようです。

前&前々エントリーの写真は、その小菅駅の南側で撮ったものですが、今日の写真は、駅の北側にひろがるまち...足立区のまち...で撮ったものです。

駅の南側と北側では、まちの様子がかなり違います。(南側も、拘置所のさらに南に行くと、駅付近とは様子が変わりますが...)
南側には、拘置所を核にして関連施設が散在し、まわりには木々の緑もあり、川や水路も見える、一見長閑とも言える風景がひろがっているのに対し、北側には、いわゆる下町によく見られる、家内工業地帯が住宅地帯に変わろうとしている風景がひろがっています。新築の中規模マンションや、何か事情ありげな新築の家の連なりなども目にしました。

今日の写真の家は、そんな足立のまちに残っていた、いかにも古い二軒長屋です。もう空き家のようです。そしてこの奥は更地になっていました。その更地が手前に押し寄せてくるのも時間の問題のようです...。

【場所】足立区足立2丁目あたりです。

小菅の路地

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前エントリーでは、小菅の東京拘置所まわりの事情を採り上げましたが、それは、あまりの変化に驚かされたゆえ...ということで、僕本来の興味からは、実はちょっと逸れたエントリーでした。

が、拘置所の塀が取り払われたり、その敷地に建てられた集合住宅に相当数の住人が移転してくることなどを考えると、このまちは、これからしばらく、注目に値するように思います。

ま、それはそれとして、この地区は、荒川と綾瀬川と裏門堰で一種の島状態になっていますが、拘置所の南側には、こぢんまりとした古いまちがありました。

上記したように、物理的に中ノ島化しているようなものですから、そこは、まとまった集落としてやってゆく以外になかったと思われます。実に狭い範囲ですが、実際に歩いてみると、住人の誰もが知り合い...それも親戚のような親しさで交流なさっていることが見てとれます。

そして、あちこちで目にした立ち話し風景やすれ違いざまのやりとりの様子...などを見ていると、ここではツイッターは不要だな(^^;という感じです。それよりも早く、アナログに情報が飛び交っていそうです。「カメラ抱えた怪しげなのが歩いている。が、無害のようだ」などと...(^^;

今日の写真は、そんな小菅のまちの路地を撮ったものです。なんだか久々に味わう良い路地感覚でした...。

【場所】葛飾区小菅1丁目あたりです。

小菅事情

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先日来、何度か松戸に行く機会がありました。都内から行く場合は、JR常磐線や地下鉄日比谷線で行くわけですが、途中、千住や小菅あたりを通ります。

小菅では、やはり何と言っても目につくのは東京拘置所の建物です。トップ左側の写真がそれですが、かなり大きな建物です。が、僕はまだ、この建物のまわりを歩いたことがありませんでした。そんなわけで、この機会に初めて小菅駅で降りてみました。

駅を出て、拘置所方面を目差すと、まず目につくのが、裏門堰と呼ばれる水路です。すぐに考えたことは、「拘置所の在る一画は、荒川と綾瀬川そしてこの水路で、陸から切り離された状態にあるわけだな」ということでした。

その裏門堰に沿って拘置所の裏手を歩いていると、最初は拘置所職員の団地などが見えていますが、そのうちトップ右側のような背の高い古びた塀が見えてきます。いかにも刑務所とか監獄という語の響きを思わせる風景になってきます。

そんなちょっと暗い風景を見ながら綾瀬川まで歩き、そこを右(南)に曲がると、こんどは突如として、夢でも見ているのか...という風景を目にすることになります。

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